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海外花便り イギリスから学ぶ 人の暮らす生きた庭[前編]海外花便り イギリスから学ぶ 人の暮らす生きた庭[前編]

2016/2/18

イングリッシュガーデン、その呼び名は誰もが一度は聞いたことがあるでしょう。それぞれに思い浮かべるイメージはさまざまかもしれません。では、実際のイギリスで見られる生きた庭とはどんなものなのでしょうか。イギリスの庭から日本でも取り入れられる要素はあるのでしょうか。

私がイギリスに行く前の、イギリスの庭のイメージといえば、「たくさんの色とりどりの花」「美しい庭と古い家」「ふんわりとバラが至る所に咲いている」そんな感じだったかもしれません。実際に現地に住んでみると、それだけではなく、人々がイギリスの庭と共に暮らすにあたって、さまざまな仕掛けや実用的な深い考えがあることを知りました。


林の緑を背景に色鮮やかでやわらかな多年草同士の対比が美しい。Lady Farm Gardens サマセット地方。8月のようす。

私がイギリスで学んだこと

私は2007年にイギリスへ旅立つこととなり、現地の人々と共に暮らして4年の月日を過ごしました。緑豊かなイギリスは、花や緑が目に入ってくる場所がとにかく多いのです。街を歩いても、住宅地に行っても、そして車を運転していても周りに花や緑があることが当たり前という感覚で人々が暮らしているように感じられました。そのイギリスで、縁があって現地の造園会社で職に就き、多くの個人の庭を手入れさせていただきました。それは「ガーデナー(gardener)」という仕事でした。

冒頭の「イギリスの庭から日本でも取り入れられる要素はあるのでしょうか」という質問。答えは「YES」。ガーデナーとして毎日多くの庭を手入れさせてもらうことで、いろいろなタイプの庭や、さまざまな庭の使い方をする人々の生活に触れることができました。また、「無理をしないで緑と共に暮らす」。そんなゆったりとしたイギリスの人々と生活を共にすることで、「これは日本にもっと取り入れたいな、もっと伝えたい」、そう思うものがたくさんありました。

冬を意識した常緑低木による骨格作りがしっかりとなされた花壇。春〜夏にかけて花壇内に彩りが加わります。背景の木々とのバランスもとてもよいです。サリー州。8月上旬のようす。

今回はロンドンから西へ車で約30分。私が活動をしていた緑豊かなサリー州における、そんなイギリスの庭のようすをご紹介しながら、ぜひ日本の皆さまにもこの時期の庭に取り入れてもらいたい3つのポイントをお伝えいたします。

Point 1  冬には冬の景色を楽しむ庭

晩冬から早春にかけての眺め。Guildford Castleにて。サリー州。

春のきらめきをじっくり待つ庭のよさ

春から夏にかけて彩り豊かに、そして秋にはしっとりとした色合いを楽しめるイギリスの庭。イギリスにも日本と同様に四季が訪れ、その季節ごとに庭の魅力も変わっていきます。ゆっくりと訪れる、きらきらとした春の芽吹きを感じる喜びのある季節から、6、7月にかけての初夏の華やかな季節、夏から秋にかけては、庭を鮮やかにも深く彩る季節が続いていきます。そして冬の季節…。それまでとは、まったく異なる静けさと透明感のある世界がありました。

私の住んでいたイギリス南部の地域は、雪こそあまり降らないものの、冬の間は雨が多く、晴れ間も少なく、そして毎日のように霜が降ります。パンジーなどの一年草も見られますが、そんな気候なために冬の間は少ししか花を咲かせません。

季節の移り変わりを知らせてくれる早春の球根植物。サリー州。2月のようす。

植物本来の美しさを体感できる庭

「冬でも彩りよく華やかに」。それまで地元神奈川県横浜市でこんな思いで庭作りをしていた私に衝撃を与えたのは、「冬ならではの庭の景色を楽しむ」というイギリスのガーデン文化。落葉樹は葉を落とし、枝の色と樹皮の質感、その樹木が本来のもつ雰囲気を見せてくれます。

常緑の葉色もトーンダウンし、深い赤みを帯びてきます。白い斑入り葉もピンク色がにじみ出て、庭のすべての植物たちがまるでその季節の移り変わりを知っているかのようです。まるで互いに調和しながら植物自身の色味や姿を変えているように感じられます。

冬の庭では、それまでは葉や花ばかりに向けていた視線と心のキャンバスをまっさらにして、今その庭で生きている植物たちの息づかいを感じ取ることができるのです。華やかに飾った場所の中では気がつかない、植物本来の美しさを体感する、なんと豊かなことでしょう。そんなふうにして、また訪れるはずの春のきらめきをじっくりと待つのです。


RHS Garden Wisleyの夏(写真上)と冬(写真下)のようす。サリー州。
秋も深まり、落葉性の草本類は茶色やグレーに色が抜けてきます。枯れた地上部は切り取らずに春まで残しておき、早春の芽吹き前に全体を刈り取り、新しい春を迎えるのです。植物本来の姿と命のサイクルを景色の中に取り込むこと。冬枯れした植物の姿形、色や質感までをも存分に生かしてします。この手法はここ十数年にドイツやオランダからイギリスにも広まってきた植物とのつきあい方で、最近では多くの庭で取り入れられているようです。

イギリスで感じた冬の庭の楽しみ方

イギリスの冬の庭では、いったい何が起きているのでしょうか。夏には美しい葉を見せてくれていたサンゴミズキ類(Cornus)やヤナギ類(Salix)が葉のベールを脱ぎ、赤や黄色、オレンジの鮮やかな枝が目を引くようになります。イギリスの人たちは、その冬の景色も思い浮かべながら植物を配置します。

例えば、サンゴミズキ類と冬に花を咲かせるエリカの仲間、寒くなると葉色がいっそう深くなる品種のヒマラヤユキノシタなどを組み合わせて、花の少ない冬にしか見られない形と色合いを上手に庭に取り入れているのです。

赤色と黄色の枝のサンゴミズキの仲間。鮮やかな色の少ない冬に高さのある彩りの印象を与えてくれます。
サリー州。3月のようす。
常緑性のイカリソウ。日を浴びる部分がより赤みを帯びて暖かい時期とは異なる表情を見せてくれます。
サリー州。1月のようす。

1月の終わり、まっさらになった花壇や芝生の中からスノードロップが顔を出して早くも春がやってくることを告げてくれます。早咲きのスイセンやクロッカスも後を追うようにじわりじわりと顔を出してくるのですが、こんなにもこの新鮮な春の喜びを感じ取れるのは、春夏とはまったく異なる静けさの中だからなのです。華やかに彩った花壇の中に春の訪れを伝えるフレッシュな花が出てきても、そのよさや季節の訪れは感じ取りにくいでしょう。シンプルな場所にこそ映える春の喜びを知りました。

春の訪れを告げるといわれているスノードロップ。どんよりとした冬空の下に明るさを与えてくれます。
サリー州。2月のようす。

このように開花時期の異なる早咲きの球根を組み合わせてやれば、冬の魅力を存分に感じながら早春を迎え、華やかな春から初夏への季節の移り変わりを感じ取りながら緑のある生活をより豊かに暮らしていけることでしょう。

早春に楽しむ華やかな球根ミックス花壇

春の予感がする2月ごろ。寒い屋外ではスノードロップや早咲きのクロッカス、スイセンなどが咲き出します。ここから次々といろいろな球根植物が咲いてくる季節です。球根植物の開花時期は地域やその年の環境によって大きく異なります。皆さまの地元でチューリップやスイセン、クロッカスなど、早咲き球根植物が咲いている所をチェックしてみましょう。地元でその花がいつごろ咲くのか調べ始めると、次の秋の球根植栽計画時にすてきな組み合わせを作ることができるでしょう。

花の咲く時期、色や形、球根の種類など、さまざまな要素を組み合わせて、夢のような世界が作り出されていました。2015年オランダ キューケンホフ公園の4月のようす。

文・写真
平工 詠子 ひらく・えいこ
東京農業大学で花卉園芸学を学んだ後、園芸造園企業にてデザイン、ガーデンメンテナンスなどの仕事に携わる。後にイギリスに渡り、現地のガーデナーとして勤務。帰国後「心に伝わる庭づくり」をテーマに「Gardener -詠-」を設立。神奈川県横浜市を拠点にフリーランスのガーデナー・植栽デザイナーとして活動中。海外滞在経験による講演やイギリス流ガーデナーならではの道具を使ったワークショップなども行う。東京農業大学グリーンアカデミー非常勤講師(花壇担当)。

Facebook:GARDENER -詠- https://www.facebook.com/gardenerei

ホームページ:http://www.gardenerei.com/

※植物の成長や開花の時期は気候や地域によって異なります。
本文では国内の栽培地は神奈川県横浜市を基準、イギリスの場合は南部サリー州(Surrey)を基準としています。

※ 海外花便りは後編に続きます。

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