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植物の鉄栄養研究のパイオニアとしてご活躍されている森敏先生は「日本人の多くが潜在的な鉄不足である」ということ、さらには「植物自体の鉄分が年々低下している」という現実に危機感を持たれています。

鉄分は人間にとっても植物にとっても、毎日の健康維持に極めて重要な役割を果たしています。

今回は、この「鉄と人と植物の関係」について、長年サカタのタネで野菜の育種や野菜産地指導に当たっている高木篤史と共に鉄分の有効な活用方法や、鉄分を植物栽培に生かす方法など、人と植物の健康を維持し、増進する方法を語っていただきました。

森敏×高木篤史

ホウレンソウ、コマツナ、ブロッコリーなど野菜に含まれる鉄分は年々減少傾向に

──今回、森先生には長年研究を重ねてこられた植物学者としてのお立場から、また高木さんには全国の農家の方々の悩みを知る現場担当者としての視点から、「鉄」にまつわるお話を聞かせていただければと思います。
早速ですが、家庭菜園の土作りの際、肥料の基本的要素といえば、N(チッ素)、P(リン酸)、K(カリ)がおなじみです。そこに、なぜ「鉄」が必要なのでしょうか。

お米を主食とする国の人には、潜在的な鉄不足が多いのです。米自体には、鉄分があまり入っていません。玄米に含まれる鉄分はおよそ8ppm、白米は2ppmを下回ります。このお米に鉄分がたくさん入っていれば30億人のアジア圏の人々の鉄不足の解消につながりますので、その研究開発を進めているところです。作物の収量を増やすことはもちろん必要ですが、農作物自身に土壌や葉面から鉄分を吸収させることによって、その含有量を増やしていくことが重要です。

高木今から15年ほど前、ナスの産地である福岡県の農家の方から「ナスの実の色が薄い」と相談を受けたことがあります。いろいろ考えた末に「鉄を入れたらどうか」とアドバイスしたところ、すぐに発色がよくなったとご報告を頂きました。家庭菜園などでパンジーなどを育てている方も多くいらっしゃると思いますが、鉄を入れると花自体の発色、葉っぱの色も青々として、良くなると思いますよ。

もともと穀類、野菜には鉄分が含まれています。しかし、私たちが普段よく摂取するホウレンソウ、コマツナ、ブロッコリーなどを食品成分表で調べてみると、ここ30年の間に鉄含有量が年々減ってきていますね。一方では厚生労働省の調べによると、男性では特に若年層に鉄欠乏が多く見られ、女性では幅広い年齢層にわたって潜在的に鉄欠乏になっているという結果が出ています。つまり、1日当たりの必要な鉄の摂取量を満たしていないのです。

高木植物にとって、N・P・Kが主食だとしたら、鉄はおかずですね。この2つのバランスをよく考えて取らなければ、人間同様、植物としても健康とはいえないですね。

摂取するものに鉄含有量が減っているのですから、当然といえば当然なのですが、欠乏していても人間の健康に著しい変化が起こらなければ、誰もそれを問題にしようとは思わないところに問題があると思います。つまり知らず知らずに不健康になっていることが問題なのです。

──植物は、鉄分を多く含むことによってどんな効果があるのでしょうか。

高木植物に吸収されやすい鉄分が土壌に豊富に含まれていると、まず根が強くなります。根が強くなるということは、植物自体のスタミナが上がるということになりますね。 大きなダイコンの産地で有名な鹿児島県の桜島は、火山性の出来たての土壌なので吸収されやすい鉄分を多く含んでいると思われます。これはあくまで経験則ですが、鉄分を多く含んだ植物は病気にかかりにくいと思いますね。
根は植物にとって「命」ともいうべきところです。特に苗を育てられている業者さんは、鉄分を含む液肥を葉面散布することで活力のある良い苗を安定生産できると思います。

※葉面散布=植物の養分を葉面に液状にして散布すること

葉面散布は、苗の生産農家ではもう主流なのですか?

高木そうですね。苗は、種を植えてから出荷までが短いので、かけてすぐ効く葉面散布は人気がありますね。

野菜の味と質をしっかり高めるには無機栄養プラス有機栄養のバランスが大切

──苗や植物が病気になると、どんな対策が取られているのでしょうか。

40年ほど前の技術では、土壌にチッ素・リン酸・カリをたくさん入れて、植物が軟弱に生育して病気になったら農薬で防ぐことが常識でした。今では、それは大問題ですよね。そういうことをして収穫増につなげても、農薬をたくさん使うのでは意味がない。また、野菜において鮮度は必要ですが、舌触り、味も重要ですね。
最近の消費者は賢く、糖度、ビタミンC含量などさまざまなことに敏感です。えぐみなどが出るのは、野菜に含まれる栄養素のバランスの問題である場合が多く、生産現場ではよく葉先が黄色くなってしまうのを見掛けますが、病気というよりは鉄などの不足が原因の場合があるのです。

高木農家の方から「苗が病気になったようだ」という相談をよく受けます。しかし病理検査などに出してみると、相談の半分以上、7割近くが何らかの生理障害です。苗の栄養バランスが悪くて、結果的に何らかの病気にかかっているというわけです。いわゆる生活習慣病ですね(笑)。ですから、病気になってから「どんな薬を使うか」ではなく、普段から「こういうタイミングで栄養素を与えてください」という指導が必要ですね。

そうですね。特に鉄や亜鉛をはじめとした微量要素は欠かせません。肥料のバランスがとても大事です。

──農業の常識というのは、時代によっていろいろ変化をしているのですね。

農業というのは土壌から吸収する無機栄養が基本ですが、伝統的に農家はいわゆる『土作り』を重視しています。長年の研究で植物は根から有機物をも吸うことが分かりました。太陽による光合成で、根から吸収した無機栄養成分や有機物から糖分・有機酸類・アミノ酸類をつくり、最終的に次世代種子にでんぷんや脂肪を蓄えます。
植物は栄養成長や生殖成長の生育期間中に根からジワジワと栄養素を、その植物に必要な分だけ吸収しています。その時点で栄養分をやり過ぎてしまうと逆に病気になってしまい、農薬を使うことになります。人間と一緒です。「ドカ食い」はよくありませんね(笑)。

高木例えば、同じ品種のトマトでも、アミノ酸(有機物)を加える量によって糖度が違うことも分かってきています。もちろん、値段にも影響しますよね。私は以前、品種改良の仕事をしていまして、品種にもこだわりがありました。しかし、現場に出てからは品種改良だけではダメなことが分かったのです。その地域、その地域によってニーズも違えば天候やその他の条件も違うので、常に現場での対応が求められますね。

種子栄養から独立栄養に変わるときが「鉄」を与える絶好のタイミング

──植物自身は、もともと鉄分を持っているのでしょうか。

高木人間と一緒で生まれたとき、すなわち種のときは鉄分を含んでいます。ただ根が生えて成長していくにつれて、だんだん鉄分を消費して不足してくるようです。

種子栄養から独立栄養に変わるときですね。自力で光合成をする段階になったときが、丈夫な植物に育つか弱い植物になるかの分かれ目です。そのタイミングでしっかりと外から鉄分を与えることが、とても大事になってきます。

高木種をまいて、双葉が出て、本葉1枚出るくらいのときに効くものといえば、アミノ酸か鉄分と農家の方からはお聞きしていますね。

──植物に鉄分を与える際に、効果的な方法とは?

高木「鉄力あくあ」という商品が、愛知製鋼さんで製造されています。また鉄分だけでなく亜鉛やマグネシウムといった微量要素をバランス良く配合したサカタのタネオリジナル商品「鉄力あくあF14」もあります。これらの商品は、葉面散布にも使えますから非常に便利ですね。

鉄分には、二価鉄と三価鉄があります。植物は、基本的には二価鉄を吸い上げます。三価の鉄は土壌にあっても水に溶けていないので非常に吸収されにくいのです。愛知製鋼さんは、たくさんの鉄商品を作る中で、たまたま二価鉄を作り上げてしまった。植物に与えてみたら、よく育ったので2003年に「鉄力あぐり・鉄力あくあ」として売り出したとのことです。時を同じくして、私たちの研究グループで、この二価鉄をイネが吸い上げるという研究成果を発表した年でもあります。巡り合わせですね。

──人間も鉄分が減っていると聞きました。何か解決策はありますか。

厚生労働省が日本人の野菜の必要摂取量の目安として、1日300グラムをここ20年間ずっと目指してきているのに対して、250グラムほどにとどまっている。しかも、それは年々減ってきていて、その値は現在の米国よりも低くなっているのが実情です。
女性の場合、鉄分が不足する理由は、月経や無理なダイエット、野菜の摂取量自体が減っていることなども大きな原因です。鉄不足になると、一番顕著な健康被害は「貧血」ですが、新生児の場合は脳に著しいダメージを与えるような重篤なものもあります。

高木野菜をたくさん食べてほしいということと、良質な野菜を食べてほしいというのが私の願いですね。例えば、同じホウレンソウでも、鉄分をより多く含んだものの方が味が濃いし栄養価が高いですね。こうしたものを積極的に取ってもらうことによって、徐々に解決すればよいと考えています。野菜が元気になれば、人間も元気になりますからね。

──最後になりましたが、「鉄」に対する熱い思いを一言でお願いします。

高木園芸をされている方で、植物の栄養面を考えるとき、鉄から始める方はいらっしゃらないと思いますが、私の経験からいっても、やはり鉄が重要であることは間違いありません。ぜひお試しいただければと思います。

鉄は植物の光合成にとても重要な役割を果たすと同時に、呼吸を活発にしてエネルギーを生産し、健康で生き生きとした野菜を作り上げます。それはそれを食する人間にとっても重要なことです。健康のために消費者はこれまで以上に野菜をどんどん食べるべきですし、生産者の側からいえば野菜の「質」を向上させることが育種や栽培法のトレンドになると思います。


今回は、ご縁あって森先生に「鉄と人」、そして「鉄と植物の生育」に関するお話を伺うことができました。
人も植物も鉄欠乏になっている現状と、鉄の重要性、農業における対応策などを分かりやすい言葉で熱く語ってくださった森先生。貴重なお話をありがとうございました。

家庭菜園で今ひとつ収量や品質が上がらずお困りの方、野菜に「鉄」を与え、健康な野菜を栽培してみてはいかがでしょうか。

取材・撮影:サカタのタネ
2016年9月29日 更新

  • 森敏

    1941年生まれ。東京大学名誉教授(農学博士)。植物の鉄栄養について長年研究を行い、2014年に日本学士院賞を受賞。現在はNPO法人植物鉄栄養研究会(WINEP)の理事長を務め、現地現物で農業問題に取り組まれている。

  • 高木篤史

    1993年株式会社サカタのタネ入社。野菜の育種や野菜産地指導を担当し、より良い種苗の開発とその普及に努めている。多くの新聞、雑誌等に寄稿、著書に『やさしいベランダ菜園』(創元社)がある。

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