-
新しい品種を開発するのがブリーダーの仕事です。どのような品種を作るか、まず目標に合った親の選抜を行います。次に優れた品種を生み出すために、選抜した親同士を組み合わせます。そのため、1年間で交配する組み合わせの数は数百にも及びます。
サカタのタネ 掛川総合研究センター
中川 雅博(なかがわ まさひろ)
世界初!無花粉の切り花用ヒマワリ「かがやき」
30年ほど前は、ヒマワリを切り花に使うことはほとんどありませんでした。なぜなら、無花粉の切り花用品種が登場するまでは、切り花としてテーブルに飾ると花粉が落ちて周りを汚し、花持ちも悪かったからです。
1986年、サカタのタネが世界で初めて無花粉の切り花用ヒマワリ「かがやき」を開発しました。市場に出したものの、やがて他社にシェアを取られてしまいました。そのため、新たな品種の育成を目指し、何度も種をまいたり、市場の方に話を聞いたりしました。
本来、ヒマワリは夏の花なので、日が長くなると花芽が付き、日が短くなると花芽がなかなかできず草丈が長くなる性質があります。一方で、品種改良の過程で日が短くなると花芽ができるものも登場しました。それらは日が短いと、草丈が十分に伸びない特徴がありました。
そこで、いつ種をまいても安定した草丈で咲くことを目指しました。また、当時の切り花用ヒマワリは、オレンジという名前がついているにもかかわらず、見た目はほぼイエローの花でした。そこで、みんながイメージするオレンジ色のヒマワリも作ろうと思いました。
選抜した花の種が鳥に食べられないようネットをかぶせたヒマワリ
「ビンセント」の育種を始めたのが2003年ごろで、品種が完成したのが2009年です。「ブリーダーに聞きました」のほかの品目の記事では、開発に10年以上かかったと書かれていることが多いと思います。それに比べ「ビンセント」は6年で育成できたので、その開発は容易だったと思うかもしれません。
しかし、育種のためにほかの品目同様、選抜を繰り返すことに変わりはありません。ヒマワリは年に何度も種をまけるため「ビンセント」の開発に6年というのは、他の作物で10年以上かけて研究開発しているのと同等の苦労なのです。
実は、種から油を採取するためのヒマワリは、種を取る必要があるため花粉が出ます。切り花用の品種は雄性不稔(ゆうせいふねん)※という性質を用いているので、その株からは種が取れず、育種の材料に使えません。素材の幅が限られる中で育種を進めるのが大変でした。
花粉があり真横に咲くヒマワリ
切り花で花粉が出ないメリットは、飾った時に机や服が汚れず、また、種がつかないので花持ちがよい点です。
例えばユリの場合、花粉で周囲を汚すことがあり、ユリの花の中の汚れも気になります。最近は花粉が出ないユリも出回るようになりましたが、ユリは花粉が出る葯(やく)がないと、なんとなく物足りない感じになります。
ヒマワリの場合、ユリのように葯が大きくないので、なくても花のイメージは損なわれません。そのようなこともあり、ヒマワリは葯のない無花粉品種の普及が進みました。花粉が出ないことで、花の中心部が茶色のものは、花弁の色とのコントラストがはっきりして、よりきれいに見えるメリットも生まれました。
花粉がなく上向きに咲く「ビンセント®」
先ほど、油を取るためのヒマワリは花粉がたくさん出て、そうでない切り花用品種は雄性不稔で花粉が出ないと話しました。
無花粉のヒマワリの育種は、いったん「上向き」「花弁の枚数が多い」などの特長を持った花粉が出る品種で作り、そこから花粉が出ないように育種し直さなければならないので、非常に手間がかかる作業でした。
ヒマワリは漢字で「向日葵」と書くので、太陽に向かって花が咲くイメージがあると思います。成長期は、花が太陽を追うように東から西に花の向きを変えます。そのため、茎は適度に柔らかいのですが、花が咲くころには硬くなります。
種を守るためにうつむくヒマワリ
左:他社品種 右:「ビンセント®」
本来のヒマワリは横を向いて咲き、ハチなどの昆虫が受粉・受精した後、花は下を向いて咲き終わります。なぜ花が咲き終わると下を向くかというと、種が鳥に食べられたり、雨が降って水がかかることで雑菌が侵入したりするのを防ぐためと考えられます。
当時の上司に「花を上向きにするのは大事だが、上を向いて咲いたら、花に鳥が止まって種を食べられてしまうじゃないか。種屋なのに商売にならないだろう!」と怒られました。
それでも可能性の追求のため、花束やアレンジメントで花と目が合う、やや上向きで咲くヒマワリを根気強く開発し続けました。
切り花用のヒマワリをやや上向きに咲かせる上でもう一つ重要だと思ったのは、細くても硬い茎です。
茎を丈夫にすることで、切り花として花の重みに負けず、スッと伸び元気な状態で咲かせる必要がありました。また、花の下に付く葉を小さくすることで、花が引き立つものを選びました。
茎が硬く、花の下の葉は小さく上向きに咲く「ビンセント®」
一般的なヒマワリの花弁は丸弁ではなく、先端がとがった剣弁です。ところが、子どもが描くヒマワリの花弁は、なぜか丸い形をしています。「そんな理想のヒマワリを目指して開発した」と格好よく言いたいところですが、厳密に言うと少し異なります。
剣弁より丸弁、花弁の幅は狭いより広い、花弁の枚数は少ないより多いほうがいい…と選んでいった結果、こうなりました。振り返ると、幅広で丸い花弁を作り出すのに一番苦労しました。
左:他社品種 右:「ビンセント®(2型) オレンジ」
「ビンセント®」は、花弁の重なりが多く止め葉が小さい
左:他社品種 右:「ビンセント®(2型) オレンジ」
「ビンセント®」は花弁が幅広で丸く枚数も多い
ヒマワリは、色こそ限られますが、一重や八重、1本立ち、分枝タイプ、超コンパクト、高性など、草姿に振り幅がある植物です。このような植物の育種に関われるのは面白いです。
1986年、無花粉の「かがやき」が販売されてから2023年で約30年、私が関わったのは2004年から20年、ヒマワリの可能性は無限大だと思います。雄性不稔やべと病抵抗性など遺伝的に面白い点もあるので、需要の移り変わりとともに、まだまだ新しいヒマワリを作っていけると思います。
市場では花の中心が黒いタイプが人気ですが、私は花の中心が淡いクリアレモンが好きです。夏場に涼しげな花色が気に入っています。
「ビンセント®」クリアレモン
どちらでも可能で、通常の株間は15~20cmです。株間を10cmくらいの密植にして、より細く切り花として飾りやすく育てる方法もあります。その場合、生育中に強風で茎が折れないように支柱を立てて誘引するなど工夫をしてください。
「ビンセント」シリーズは、種をまいてから2~3週間で、成長点に顕微鏡でないと確認できないほどの小さな花芽ができます。その間に土を乾かすとストレスがかかり、花の形が崩れたりすることがあります。種まきから蕾ができるまでの水やりが特に肝心です。合わせて、しっかり日に当てることも丈夫に育てるための重要な要素になります。
「ビンセント」シリーズは栽培期間が短いヒマワリなので、あまりたくさんの肥料を施さなくて大丈夫です。元肥は、窒素(N)・リン酸(P)・カリ(K)が8-8-8などの緩効性肥料を1平方メートル当たり20~40gくらい施し、追肥は必要ありません。また、株間を少し広めにすると花径が少し大きくなり、茎もやや太くなり、より丈夫に育ちます。
左:他社品種 右:「ビンセント®」
「ビンセント」シリーズの発芽がよく、生育のそろいもよい特性を生かして、10日おきに種をまけば順次、花を咲かせられます。そうすることで、初夏から秋まで花を切らさず、長く楽しめます。
左:他社品種 右:「ビンセント®」
切り花で楽しむ場合は、8分咲きでカットするのがおすすめです。飾る時は、花の下の葉を2~3枚残して、残りの葉はすべて摘み取ります。飾る茎の長さが決まったら、水の中で斜めに茎を切り落とします。花瓶の中はなるべく毎日洗って、水も取り換えてください。その際、茎の切り口が茶色くなったり、ぬるぬるしていたら、先ほどと同様に水の中で茎を切り落とします。
日本人は、小学生のときにほとんどの方がアサガオの種まきを経験しています。しかし、海外では学校で種まきを経験するのは当たり前なことではありません。
ヒマワリは、アサガオと同じくらい種まきが簡単です。アサガオは朝に早起きしないと花を見られませんが、ヒマワリを切り花にすれば一日中観賞できます。ご家庭で楽しむのにもってこいの花だと思うので、ぜひ種まきからチャレンジしてみてください。
アフターコロナとなり、やや上向きのアップフェースな「ビンセント」で少しでも元気と笑顔になっていただけたらと思います。
オランダでは、普段からパートナーや家族に切り花をプレゼントするのがめずらしいことではありません。しかし、日本ではイベントもないのに切り花をプレゼントしたら、受け手は「一体どうしたの?」と思う方が多いと思います。
春にサクラを楽しむように「夏はヒマワリだね!」と、日本でも切り花をプレゼントして飾るのが日常になったらうれしいですね。
イメージです