ミニトマト「アイコ」20周年記念 こだわりの農家に聞く「アイコ」が愛され続ける理由と有機栽培の極意
2024/11/19
家庭菜園の愛好家からトマトの生産者まで、根強い人気を誇るミニトマト「アイコ」。この「アイコ」が今年、誕生20周年を迎えました。長年、愛され続けてきたその陰には、生産者の方々の支えがありました。今から30年ほど前、まだ有機栽培が珍しかった時代から、化学的に合成された農薬や肥料を使わないトマトづくりを追求し続けている岐阜県高山市の山藏農園。4代目の山藏真輔さんに、「アイコ」の魅力や有機栽培のコツ、家庭菜園の楽しみ方などについてお聞きしました。宝石のようにピカピカに輝くミニトマト「アイコ」
JR高山駅から市街地を抜けて車で5~6分。緩やかな山の中腹に建つ山藏農園のハウスを訪ねると、出荷に向けたミニトマト「アイコ」の収穫作業の真っ最中。すみずみまで手入れの行き届いた広いハウスの中で、3名のスタッフが、真っ赤に色づいた食べごろの「アイコ」を手際よく収穫していました。採れたての「アイコ」は、どれもはち切れそうなほど張りがあり、ピカピカ輝いていて、コンテナに詰められたさまは、まるで宝石のようでした。
「5月のゴールデンウィーク明けに苗を植え付けて、7月から収穫が始まり、8月の今はちょうど繁忙期に突入したところです。このあたりは標高が高いので夏場でも涼しいのですが、近年は異常気象もあって、日中はしっかり暑い。通気性のある、雨よけタイプのハウスなので、外との気温差はほとんどありませんが、とはいえ中で長時間、収穫作業しているとこたえます。たっぷりの水分を摂取したり、塩タブレットを用意したり、空調服を着用するなど、熱中症対策を万全にして作業をするようにしています」
山藏農園の山藏真輔さんは、そんな話をしながら「アイコ」を摘み取り、こちらに手渡してくれました。
一粒一粒がどっしりとしていて、じつに食べ応えがありそう。そのままぱくっと口に運ぶと、肉厚の果肉に詰まったやさしい甘みとうまみ、酸味が口の中でふんわりと広がりました。
父と3兄弟で営む有機農園
岐阜県高山市。山藏さんは、3000m級の山々に囲まれたこの地に代々続く山藏農園の4代目。2人の弟、先代の父親とともに、大玉トマト、ミニトマトを中心に、各種野菜を化学的に合成された農薬や肥料をいっさい使わずに有機栽培をしています。
有機栽培を始めたのは、父親の代から。もともとは一般的な栽培方法(慣行栽培)でトマトを生産していましたが、量産を追い求めることへの違和感や、農薬、化学肥料を多用する農業のあり方に疑問を抱くようになり、30年あまり前から徐々に有機栽培の手法を取り入れるようになりました。
健康志向や環境への関心の高まりから、昨今は“有機農産物”や“オーガニック”という言葉が消費者にまで浸透していますが、当時はまだ生産者の間でも有機栽培の認知度は低かった。ましてや飛騨高山は夏秋トマトやホウレンソウの一大産地。周囲には、「収量が減る」「手間やコストがかかる」といったマイナスイメージの強い有機栽培にあえて乗り出そうという農家は周囲にいませんでした。農園の跡取りとして、2代目の祖父に育てられ、子どものころから“農”に携わってきた山藏さんは、父親がひとり模索しながら有機栽培に取り組む姿、過程をつぶさに見てきたといいます。
「私が農に関わるようになったころ、すでにおやじは一般的な慣行栽培に段階的に有機栽培を取り入れ始めていました。農業高校に進学するも座学では知識としての有機農業を学び、実習では一般的な慣行栽培を習い、家の方では徐々に有機栽培寄りの栽培を行うようになっていました。」
どちらの農法も経験しているからこそ、それぞれのメリット、デメリットがわかる。その上で、一つの選択肢として、安全安心でかつおいしいトマトづくりを選んだと山藏さんは言います。
「もう有機では無理だ!」不可能を可能にしてくれたサカタのタネのトマト
山藏さんは当時をこう振り返る。
「農薬を使わずにトマトをつくり始めた当初は、有機栽培の天敵である葉カビ病にだいぶ悩まされ続けました。突然、葉っぱが枯れて病斑が増えていき、ある日、畑に行くと真っ白になって全滅しているんです。そんなことが何年も続いたので、『有機でトマトを栽培するのは無理だ』と諦めかけたこともありました」
しかし、そんな折、救世主のように現れたのが、葉カビ病に抵抗性のあるサカタのタネのトマト「麗夏」でした。
「試験栽培してみたところ、無農薬でもめちゃくちゃ元気に育ち、『おっ、すごいじゃん』となって、翌年から導入しました。サカタのタネで品種開発をしているブリーダーから、これからどんどん葉カビ抵抗性がある品種を出していくと聞いて、期待しましたね。私は大げさでなく、今でも山藏農園のトマトの有機栽培を可能にしてくれたのは、サカタのタネだと思っているんですよ」
トマトは赤くて丸いもの。目新しい野菜が受け入れられなかった時代
一方、ミニトマト「アイコ」との出会いは、25年ほど前になります。そのころは、取引先からの要望で、大玉トマトの他にも中玉トマトや丸いミニトマトを栽培していた山藏さん。さらに色や形を求めて新しい品種を探していたところ、当時はまだ品種名が決まっていなかったプラム形のミニトマト「アイコ」の存在を知りました。
葉カビ病や萎凋(いちょう)病、斑点病にも抵抗性があるということで、さっそく試作してみたところ、病気に強いだけでなく、とにかく実がたくさんとれて果実の割れが少ないこと、収穫適期の幅が広いことなど、生産者としての品種の評価は上々でした。甘みが強く、酸味が控えめで味もよく、収穫後、日持ちがするところなどは、きっと販売するお店側や消費者にも喜ばれるだろうと直感しました。
「ただ、今でこそ当たり前にミニトマトがあるけれど、当時は普通の丸いミニトマトですら珍しかった時代です。市場や消費者がどうとらえるか、判断できませんでした。今は市民権を得ているズッキーニだって、日本で本格的に栽培されるようになったのは、ここ30年くらいのこと。当初は『こんなのいらんわ』って、市場に相手にさえされなかったんですから」
これまでのミニトマトとかけ離れた目新しいミニトマト「アイコ」は、当初、市場ではなかなか受け入れられませんでした。しかし、「アイコ」の魅力や実力、愛らしい名が消費者に知れ渡るにつれ、スーパーなどでは「ミニトマト」ではなく「アイコ」という品種名で売られるほど「定番」の人気品種になっていきました。
いいところぞろいのミニトマト「アイコ」
月日は流れ、種苗業界ではさまざまな病気の抵抗品種が生まれ、トマトのバリエーションも拡大。現在、山藏農園では、年間70~80品種の有機トマト、有機ミニトマトを栽培しているといいますが、それでもなお、「アイコ」をプラム形ミニトマトの主力品種として毎年4~5棟のハウスで栽培し続けているのは、なぜなのか…。
「味、食感、収量性、在圃性(畑でのもち)のよさ…全てを兼ね備えている品種って、他にはあまりないんですよ。『アイコ』の誕生を機に、異色のプラム形のミニトマトが市場に浸透したことで、日本のミニトマトの多様性や柔軟性が生まれた。私はある意味、『アイコ』はミニトマトのバリエーションを豊かにした初期の立役者だと思っています」
サカタのタネがいち早く葉かび病の抵抗品種を開発したこと、新しいカテゴリのトマトが豊富にあったこと、また、時代のニーズを先読みしているところなど総合的な観点から、山藏農園では大玉トマト「麗月」(「麗夏」の後継品種)、ミニトマト「アイコ」の他にも、サカタのタネの品種を数多く栽培しているそうです。
山藏農園が志す有機栽培とは
ところで、山藏農園が有機栽培に取り組む上で、大切にしていることは何なのか尋ねてみると、「土づくりと種苗を選ぶこと。また菌の多様性や生物がストレスなく育つ環境をいかにつくるかということ」という答えが返ってきました。
土づくりは、農園の敷地のけい畔部分から刈り取ったススキやカヤ、野菜の残さを細かくしたものを野積みして堆肥化し、春先に畑に混ぜ込んでいるといいます。また、ブナシメジの廃菌床を原料にした堆肥や、鶏の餌に酵素を与えた良質な鶏ふんなどを肥料として使っているそうです。
昔から継承されている農法には意味がある
「カヤの堆肥化は、じーちゃんが生きていたころからずっとやっていたことなんです。昔から継承されていることは、やっぱりいいというのが感覚的にあって、実際、化学的に検証してみると、『おっ、合ってるじゃん』ってことが多い。例えばカヤは調べてみると、他の草に比べて繊維質が多いんです。ある年、じーちゃんの具合が悪くて堆肥を作れなかった年があって、作物の出来が今一つだったんです。堆肥は大事なんだってことが分かりました」
無論、堆肥も肥料も土壌分析した上で、必要量だけを入れています。有機の理論でいえば、「メタボな植物には病害虫が寄って来る」とのこと。生活習慣病と一緒で、「病気になったら薬を飲む」のではなく、「日ごろから病気や害虫が出にくい環境をつくる」ことが有機栽培では大切なのだと山藏さんは力説します。
東京ドーム1個分全てのハウスで有機栽培を実践
3代目が有機栽培の土台をつくり、4代目の3兄弟がそのバトンを引き継いだ山藏農園。現在、標高550m~700mの場所に点在するハウスは、全て合わせると、東京ドーム1個分ほどの面積になるといいます。これら全てのハウスで有機栽培を実践しており、繁忙期ともなると、従業員、パート含め、35名にも上るスタッフが、大玉・中玉トマトやミニトマトの収穫、出荷作業に汗を流す日々が続きます。
品種の個性を生かした有機栽培のトマトジュースが人気
近年は、「トマト以外の有機野菜も欲しい」というお客様からのリクエストに応え、少量ながら、キュウリやナバナ、カボチャ、マメ類などの野菜も有機栽培するようになりました。また、トマトジュースをはじめ、調味料やジャムなど、有機野菜を使った加工品の企画、販売にも積極的に力を入れています。中でもトマトの個性を生かすため、品種別に加工している彩り豊かなトマトジュースは、山藏農園の人気商品の一つだそうです。
答えがないところが面白い!動じず、諦めず、次の糧にする
「安全・安心でおいしい野菜で食卓を彩る」を目標に、山藏農園は、着実に歩みを進めています。お話を伺っていると、全てが順風満帆のように聞こえますが、世界各国の生産者がそうであるように、近年の気候変動による影響に頭を悩まされることが多いとか。
「今年はアブラムシが出まして……いつもは出てもすぐに消えるのに、今年は消えなかった。おそらく気候の影響でしょうが、農業は、他にも土壌の状態や管理の状況など、複合的な要因がからんでくるから一言では言えないんです。今年あったからといって、来年も起こるとは限らない。うちのじーちゃんは、50年くらい農業をやっていたけれど、自分は毎年1年生だってよく言っていました。何があっても『動じず、諦めず、次の糧にする』って。でもそんな答えのないところが農業のおもしろさの一つなんだと思います」
『園芸通信』読者の方へのメッセージ
これまで野菜を育てたことがない方も、興味があるなら、ぜひ家庭菜園を体験していただきたいものです。いきなり生産者と同じクオリティーの野菜をつくるのは難しいと思いますが、家庭菜園は、「農業」とは違い自由です! しばりがない。だから、収穫した野菜が小さかろうが形が悪かろうが、そういうことも全てひっくるめて楽しめばいいと、私は思います。どんな野菜だって、自分で丹精込めて育てたものはおいしいに決まってますよ。
お子さんのいる方は、食育のためにも、一緒に土や植物に触れて野菜を育ててみてほしいです。野菜を育てる苦労や喜びを知ることや、自然の不思議を感じるのはとても大切なことだし、農学や科学の知識が増えるかもしれませんよ。
そして家庭菜園を通じて、もっと多くの方に「農業」に関心を持ってもらえると、生産者としてはとてもうれしいです。
大変なこともあるけれど、「農業は自分の努力次第でいろいろなことに挑戦できる仕事だと実感している」と、山藏さん。これからもその可能性を信じ、多くのことに挑戦していきたいと目を輝かせました。
山藏農園に聞く 有機栽培・ミニトマト「アイコ」Q&A
- 家庭菜園で有機栽培をする場合、何から始めたらいいでしょうか。
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うちがそうだったように、今まで一般的な方法で栽培していた人が今日から100%有機なんてことは難しいので、少しずつ有機栽培にシフトしていくといいんじゃないでしょうか。江戸時代は、皆やっていたのだから、難しいことはないですよ。
ただ、堆肥や肥料をいきなり手づくりするのは、ハードルが高いので、化学肥料を使っていた人は、「ネイチャーエイド」のような有機の液肥に変えるとか、ボカシ肥料の「金の有機」のような有機系の資材を使うことから始めてみるといい。土がだんだん変わっていくのがわかりますよ。焦らず続けていくうち、気づいたら有機が当たり前になっていたくらいがよいと思います。
- 山藏農園では、害虫対策はどうしているのでしょうか。
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うちは有機JASを取得している関係で、化学的に合成された農薬は一切使用できません。なので、いわゆる物理的防除、生物的防除で対策しています。
物理的防除というのは、例えば防虫ネットです。トマトに関しては、オオタバコガの対策をすれば、大半の被害を防ぐことができます。オオタバコガの成虫は、体が大きいので4mm以下の目合いのネットを張れば対策ができる。農園では、ハウスにネットを張って、大きな虫かご状態にしています。また、生物的防除というのは、病害虫の天敵を用いたり、微生物由来の物質や微生物そのものを用いたりして防除することです。アブラムシの天敵がテントウムシということはよく知られていますよね。うちでは、最近の研究でコナジラミ類、アザミウマ類の天敵として注目されるようになったタバコカスミカメを、天敵温存植物(バンカープランツ)のクレオメやマリーゴールドと一緒にトマトのハウスに入れています。おかげでコナジラミ、アザミウマの害がだいぶ減りました。
- トマトの栽培は、家庭菜園初心者にも容易ですか?
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ひとことで答えるのが難しい質問ですね。トマトの形になってるものが採れればいいのか、生産者レベルのトマトを目指すのか。すごくこだわるなら難しいかもしれません。でも、自分で育てた野菜は、どうしたっておいしいですよ。
一般的に言えば、「アイコ」などのミニトマトなら初心者でも作りやすいと思います。種から育てるのは難しいし時間がかかるので、最初は苗を購入することをおすすめします。
栽培が難しいかどうかって、一つは開花から収穫までの期間が関係するんじゃないでしょうか。キュウリは最盛期だと花が咲いてから7日で収穫、オクラは3日です。かたやミニトマトは40~50日くらいかかります。ちなみにパプリカは70~80日。つまり80日間管理しないといけないわけで、そこが作りにくさになるんじゃないかな。
- アイコを育てる上でのポイントを教えてください。
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「アイコ」は肥料が多過ぎると、実が大きくなり過ぎたり、葉ばっかりが茂って実があまりならなかったりするから、本来の「アイコ」のおいしさを求めるなら、元肥や追肥の量に気をつけることです。それと、極端な水やりをしないことかな。
「アイコ」に限ったことではないけれど、日ごろから葉や実の状態を観察して、異変があったらすぐに対処すること。あと、実を収穫したら、その花房の下の葉は不要なので取ってしまい、風通しをよくしてあげてください。
「アイコ」は節間が長いので、うちでは斜めに誘引して12、3段くらいまで実を採っています。上のほうの段になると、だんだん茎が細く、葉が小さくなってきます。光合成量が減るぶん、実も少しずつ小さくなってくるので、そうしたら、教科書通りにわき芽を全てかかず、伸ばして葉面積を増やすようにします。光合成量が増えれば、実の大きさや糖度が上がるし、葉っぱで実の日焼けを防ぐこともできます。
文:おおいまちこ 写真:高木あつ子