心を癒やす花 パンジー・ビオラから始まった園芸人生 園芸通信10周年/『東アジア植物記』連載500回 記念インタビュー

『園芸通信』は、1951年に月刊誌として創刊し、2015年の12月号をもって休刊、2016年1月7日よりWeb版『園芸通信』として再スタートしました。そして2026年1月、Web版『園芸通信』が10周年を迎えます。これまで共に歩み、応援してくださったすべての皆さまに心より感謝申し上げます。

また、2024年秋に連載500回を迎えた「東アジア植物記」は、2014年5月よりサカタのタネ公式オンラインショップのメルマガのコラムとしてスタートしました。根強いファンに支えられ、Web版『園芸通信』のオープンに合わせ、バックナンバーと共に再スタートしました。

その著者である小杉波留夫さんは、小学生のときに小さなビオラの種をまいた日からパンジーに魅せられ、草花と共に長い園芸人生を歩んできました。被災地で生まれた「たねダンゴ」は、人と人を結び、心を癒やす希望の花となりました。

サカタのタネ直営店ガーデンセンター横浜でのお客様との交流、球果やどんぐりへの探究心など、連載では語られてこなかった歩みや裏話、『東アジア植物記』の読者からのQ&Aなど、余すことなくご紹介します。

園芸人生の原点は、ビオラの種まきから

――植物好きになるきっかけは何だったのですか?

小杉
小学3、4年か5年生くらいだったかな。ビオラの種をまいて花を咲かせて…そこから植物にはまっていきましたね。

その後、高校1年生のころ、先輩と一緒に林に入り、そこで、ヒトリシズカを教えてもらい「こんなのが生えているんだ!」という驚きというか、すごく印象深くて。そこから野山に行って、植物を見るのが好きになりました。

――サカタのタネに入社してからどのような仕事をされていたのですか?

小杉
18歳で入社して、65歳まで47年間勤務しました。最初は、園芸部という部署に配属されて、その部署では花の種から球根まで扱い、品質管理から営業まで花のあらゆることを担っていました。

若輩ものだった私は、倉庫で種の袋詰や荷造り、発送など、さまざまな仕事を教わりながら身につけました。花の種で、特選混合やミックスといった商品をご存じだと思います。私は、その混合比をマニュアル化したりもしました。

当時は、花の種だけで3000~4000種類くらいあり、今からしたら、こんなものまで売ってたの?というものまで扱っていました。それらの発芽試験の手配や品質管理等もやっていました。毎日毎日、ありとあらゆる花の種と格闘して、残業が多く、帰りが遅くなることもしばしば。おかげで花の種のことは全部分かるようになりました。

20年以上、現場を経験した後は、本社に異動し、カタログを作ったり、営業の企画をしたりしていました。その後、地方の営業所で、種屋さんや農家を回る仕事もしました。その間に組織変更があり、本社に戻され、本社の花統括部という花の種を扱う部署に配属されました。そこでは、花の戦略商品であるパンジーやシーズンフラワーのマーケティングリーダーもやりました。

その後、59歳から定年の60歳までは、花統括部とサカタのタネ直営店のガーデンセンター横浜を兼任して、定年後は65歳までガーデンセンター横浜に勤務しました。そういう感じだったので、一貫して花の仕事ばかりやっていました。

――サカタのタネ直営店 ガーデンセンター横浜での小杉さんは特にいきいきしていた印象があります。思い出はありますか?

小杉
ガーデンセンターは、サカタのタネで扱っているもの以外にも、花もあれば野菜もあるし、土などの資材、樹木、盆栽、ランもあったしね。サカタのタネでいろいろな仕事をやったけど、私は、植物全部が好きだから、ガーデンセンター横浜の「園芸アドバイザー」の仕事はとても楽しかったです。

その中でも印象的だったお客様からの質問は、「去年ここで買ったのよ。ピンクの花が咲いて、シュッとしていて。それないの?」みたいな(笑)。植物の名前が出てこないんですよ。それを私が探偵みたいに紐解いて「ああ、これでしたね」みたいなことが多くて、そういうのが特に面白かったです。

海外のお客様も多くて、私もちゃんと外国語を喋れるわけじゃないですけど、場慣れしているのでいつもスタッフに呼び出されていました。ドイツやロシアのお客様とか、中国の方が来たら、身振り手振りと単語で。お客様と接するだけで打ち解けて、ブロークンでも結構通じてしまうんです。求めているものに応えられたときは、本当に楽しかったですね。

声を掛けてくるお客様は、植物に対して困っている人ばかり。そういうお客様に、これまでの経験を生かしてアドバイスするのはすごく楽しくて、自分にとって天職のような仕事でした。だからといって、その前までの仕事が嫌だったわけじゃないですよ(笑)

人に教えるってことは、一番勉強になるんです。私もガーデンセンター横浜でたくさん学ばせてもらいました。

私の人生は、パンジー抜きでは語れない

――連載500回目のテーマもパンジーでしたね。

小杉
私の園芸人生の原点がパンジー、ビオラの種まきで、パンジーが好きでサカタのタネに入社して、パンジーでご飯を食べて、家族を養ってきましたから。人生を歩んできた中で、一番思い入れがあるのはパンジー。好きな花もパンジーです。パンジーのマーケティングチームのリーダーもしたし、私の人生は、パンジー抜きでは語れません。だから、サカタのタネを退職して何年も経ちますけど、サカタのタネには本当に感謝しかありません。

ヨーロッパの人たちは、パンジーを「heart's-ease」といいます。つまり「心の平和」という意味です。いろいろな思いがあって人間は生きているわけですが、全世界の人がパンジーを見て慰められる思いをしているのかな、と自分自身では思っています。

パンジーに特別な思い入れがあるからこそ、500回を飾る記事は『パンジーの来た道』と題して、パンジーがどうやって私たちの家庭で楽しまれるようになったのかというのを自分なりにまとめてみようと思いました。執筆する過程で分からないことや、もっと掘り下げないといけないことが次々と出てきて、執筆にはすごく難儀しました。

サカタのタネのパンジーの歴史は「F1マジェスチックジャイアント」から始まり、「マンモス」「ニュークリスタル」「マキシム」「リーガル」「LRオトノ」など、いろいろな品種を開発してきました。しかし、それ以前に野生のパンジー、スミレからどうやって園芸種が生まれたのか、なぜ日本では10月から翌年の5~6月まで長期に咲くパンジーになっていったのか、そのあたりの歴史にも触れたかったんです。

東アジア植物記『パンジーの来た道[その3]』より
パンジー「マジェステックジャイアント」。

今の日本は、生活コストがどんどん上がり、花を育てる余裕がなくなってきているように思います。日本の住宅事情を見ると、全部コンクリートを打ってしまっている家も少なくありません。これらの理由により、日本ではパンジーを植える環境がどんどん失われています。

でも、人々が花に寄せる思いはきっと変わらないでしょう?花を植えるスペースが少ないながらもパンジーを見て、この先も心を癒やしてもらえたらいいなと願って『パンジーの来た道』を執筆しました。

 

――取材のテーマはいつもどこで見つけているのですか。

季節のものを記事に取り上げようと思ったら、その年の取材では間に合いません。自然公園なら公園の事務所に「今、花は咲いていますか?」と聞けますが、問い合わせ先がないところは、行き当たりばったりで行くしかありません。ふらっと行って目的の植物に出会うのは非常に難しいんですよ。

青森の種差(たねさし)の海岸沿いには植物がたくさんあって、2回行ったのに2回とも雨でした。同じく青森の八幡平も3回行ったけど、全部雨…。だから、八幡平の植物は全部網羅できていないんです。私は結構な雨男だから、無駄足も多いんですよ(笑)。雨の中で転んでカメラを落としちゃったりして、何台壊したか分からないです。そういう苦労も楽しいですね。

カメラは常に携帯するように心掛けて、面白い植物に出会ったら写真をストックしておきます。それらを調べ続けて、情報がある程度のボリュームになったら記事として公開しています。

花の開花は、時期だけではなく時間帯もあるので、「この時間じゃダメなんだ」と失敗から学ぶことも多いです。例えば、カラスウリの花は夜に咲くんです。花が咲くまでずっと待機していたら、蚊に刺されまくったという思い出がありますね。

もうネタは尽きたかな?と思っても、植物は30万種もありますからね。次々と面白い植物が出てくるんですよ。

アイデアから検証まで被災地で誕生した「たねダンゴ」

――小杉さんは、東日本大震災の復興活動にも力を入れていらっしゃいましたね。

小杉
東日本大震災を見たときに、心を強く打たれて何かできないかと思った方が多かったのではないかと思います。私も何かできないかと思っていたところ、花の市場の方が、「小杉さん、福島に行こう!」と声を掛けてくれたんです。それで、市場の方と福島に同行して、復興支援活動を経験しました。

テレビや雑誌で見る景色は、切り取った一場面でしかないのですが、その場に立つとにおいだとか、四方八方見えるじゃないですか。津波で流された瓦礫などを見て、すごく衝撃を受けました。自分ができることといったら…、せめて花と緑のことなら誰にも負けないくらい、いろいろできるんじゃないかと思いました。

私は、公益社団法人日本家庭園芸普及協会に所属して、グリーンアドバイザーの活動も行っています。そのつながりで、岩手の方に「仮設住宅に種まきの指導に入るから、小杉さんも来てください」と言われたので、手弁当で岩手に行って、仮設住宅の方たちにプランターの種まきを教えました。

そうこうしているうちに、日本家庭園芸普及協会がグリーンアドバイザーによる「花いっぱいキャンペーン」を実施することになり、本格的に被災地と仮設住宅の支援に入ることになりました。

そこで、私が協会の復興支援委員長になり率先して被災地に入るようになりました。サカタのタネの当時の社長からも「サカタのタネとしても社員の君が被災地の復興支援をやってくれないか」と言われて、大手を振って、業務の傍らですが復興支援活動をするようになりました。

復興支援活動の1~2年目は、鉢メーカーはプランターを、土メーカーは土を、種メーカーは種を用意するような支援を行っていました。ところが3年目くらいになるとプランターはあるけど、何も植わっていないといった状態になっていきました。じゃあ苗を届けようとなると、1ポットの単価も高く、運搬の手間などはどうする?といった話になるわけです。運ぶ手間がなく、お金がかからないものはやっぱり種だよね…ということになりました。

そこで私は、直まきをして簡単に育てられる草花の種については知っていたので、それらの種を混ぜて復興支援用の春まきと秋まきミックスを作り、被災地に届けました。その活動の中で、岩手にいるグリーンアドバイザーさんから「仮設住宅から通う保育園の子どもたちは、被災で怖い思いをしているので、花に囲まれた環境を作ってあげたら気持ちが安らぐのではと思い、園庭の土を掘って泥団子を作り、それに種をまぶして子どもたちと一緒に植えました」という報告書が上がってきたんです。

東アジア植物記『たねダンゴ(R)の来た道[その2]』より

これはすごいアイデアだなと思って、さっそく現地の保育園を見に行き、その結果を総括して「たねダンゴ」として最適化することにしました。

まず、泥団子は乾くとカチカチになってしまいます。ケイ酸塩白土は、水を吸うと膨らんで、乾いたら縮んで…を繰り返します。この性質を生かして、泥団子にケイ酸塩白土を混ぜることで泥団子が崩れるので、カチカチの泥団子の中で種が窒息してしまうのを防げます。

次に、肥料などの資材を組み合わせることでいろんな企業に関心を持ってもらえるように工夫しました。種も、その辺にばらまくだけでも育つようなヤグルマソウ(矢車草)やジニア(百日草)などを選んで混ぜることにしました。

東アジア植物記『たねダンゴ(R)の来た道[その3]』より
たねダンゴに肥料などの資材を加えて、関連企業に関心を持ってもらえるように工夫した。

泥団子の大きさはどのくらいがよいのか、いつ、どのくらいの深さに植えたら芽が出るのか。それらを福島県南相馬で実証することにしました。その地域は、津波被害や放射線の風評被害がある地域ですが、住んでいる人々はたくさんいらっしゃいます。その方々を和ませるために、1000平方メートルくらいある畑にみんなで花を植えようということになりました。

東アジア植物記『たねダンゴ(R)の来た道[その2]』より
海岸から程近くにある津波をかぶった1000平方メートルくらい田んぼの様子。

私が考えたレシピを元に、その地域の人たちと一緒に泥団子を1000個ほど作って植えたんです。そして8カ月後、見事に花が咲いてくれました。それはもう感動しましたよ!こうして「たねダンゴ」は、岩手県でのアイデアから福島県の実証まで、すべて被災地によって誕生しました。

東アジア植物記『たねダンゴ(R)の来た道[その2]』より
見事な花畑となった福島県南相馬で津波被害を受けた田んぼ。

それで、これはいけるね!となり、仮設住宅のプランターに「たねダンゴ」を作って植える活動を始めました。そして、この活動を通して「たねダンゴ」は、園芸作業に過ぎないのですが、知らない人同士が一緒に作業することによって、コミュニケーションを取り、仲良くなれるきっかけになるんだということに気付きました。

東アジア植物記『たねダンゴ(R)の来た道[その2]』より
「たねダンゴ」が、緑化促進と地域住民のコミュニケーションの円滑化に貢献している。

仮設住宅の活動が成功したことで、今度は被災地だけではなく、日本全国の人たちにとっても有効だねということになりました。ちょうどそのときに横浜で都市緑化フェアがあり、市民が集まり「たねダンゴ」を1000個くらい作って植えて、見事に花が咲きました。

東アジア植物記『たねダンゴ(R)の来た道[その1] 』より
2017年に横浜市で開催された都市緑化フェアにて満開の「たねダンゴ」花壇。

それを国土交通省の外郭団体が見て、「ぜひ、日本各地で毎年行われる都市緑化フェアでこの手法と技術を提供してください」ということになったんです。それ以降、都市緑化フェアでは、今でも継続して「たねダンゴ」が住民参加型のイベントになっているそうです。

そして、今は「たねダンゴ」を全国に広げるため、「たねダンゴ」を教えられる方を育てる講座の先生をやっています。私一人で全国に「たねダンゴ」の指導をするのは、とても手が回りません。そのため「たねダンゴ先生養成講座」というのを各地で開催して、普及活動をしています。今では「たねダンゴ」が、緑化促進と地域住民とのコミュニケーションの円滑化に貢献してくれています。

 

――小杉さんといえば、45回にもわたり執筆した球果シリーズも外せませんね。

小杉
地球上で一番資源量がある植物は何科だと思いますか?

実はマツ科なんですよ。世界中で資源量が多いのはマツの仲間で、マツの仲間の起源は北アメリカといわれています。北アメリカには見たことないようなマツがたくさんあります。これは、世界最大の松ぼっくりといわれるサトウマツの球果です。地上約20mから落っこちて来るから本当に危ない。アメリカに行った人がお土産にくれました。

世界最大の松ぼっくりといわれるサトウマツの球果。

それから、イタリアンで食品として使う松の実といったら、このイタリアカラカサマツの種です。過去にサカタのタネでも種子を売ったことがあります。

イタリアカラカサマツの実がイタリア料理に使う松の実になる。ローマの街路樹に植わっている傘みたいな松の木。

日本の皆さんが食品として使う松の実は、チョウセンゴヨウマツの種です。日本に自生するマツの中で一番大きな球果を付けます。

チョウセンゴヨウマツは、ロシアのアムール地方に大きな林があり、ロシア産チョウセンゴヨウマツはワシントン条約で厳しく規制されている。この松の木が生える森林にアムール虎が生息する。虎とその食物連鎖を支えるのは、この実がもたらす松の実の栄養が起点だと考えられている。

これはオオミマツ(コールターパイン)で、世界一重い球果です。この林に入るときはヘルメット着用が推奨されていて、上から落ちてきた球果に当たった死亡事故があったらしく、別名「未亡人製造機」といわれています。

東アジア植物記『世界球果図鑑[その14]』より
オオミマツ 球果の長さは30cm、重さは1kg以上もある。中央に写っているのが日本でよく見かけるクロマツの球果。

これは昔、雲南省に行ったときのタカネゴヨウマツで、東アジアで一番大きい球果です。これがどうしても欲しくて。マツヤニでベタベタになりながら木に登って、怖い思いをしながら球果を取りました。

タカネゴヨウマツは、雲南で苦労して採取した松ぼっくり。松脂で手がベタベタになる。東アジアでは一番大きな松ぼっくり。

地球上で一番資源量があるのがマツ科で、その次は何科だと思いますか?意外だと思いますよ。

実は、ブナ科なんです。ブナ科といえばどんぐり。それが、地球上で2番目に多い資源量を誇る植物たちです。常緑樹とか、照葉樹はみんな同じに見えるんですよね。

どんぐりの特徴といえば、あの帽子です。殻斗(かくと)というんですけど、どんぐりを覚えると、これがアラカシだなとか、これがアカガシだなって分かるようになります。ブナ科は、落葉樹から常緑樹まであるので実に多様ですけど、独特のどんぐりがなりますからね。どんぐりを覚える方が早く木を覚えられます。

東アジア植物記『どんぐりころころ[その1] ガイダンス編』より
どんぐりのコレクション。

裸子植物は、地球上に何百種類くらいしかないんです。でも、被子植物は地球上に30万種類もあるので、覚えられないですよね。裸子植物は、球果から覚えていくと裸子植物の大半が理解できます。針葉樹はマツ科の球果から入って、ブナ科はどんぐりから入って落葉樹と常緑樹を覚えていくと、あらかたの木が分かるようになります。

そうすると、森に入っても何の木か分かるようになります。その林に生える木によって、生える草も変わってきます。木が分かると、全部つながってきます。

草は枯れてしまったり、花の開花時期でないと花がなかったり、冬場は枯れてしまっていることもありますが、樹木はいつもそこに立っているので、いつでも会えます。木と仲良くなれると、世界の植物もなんとなく親しみを感じられるようになります。木と仲良くするのは、植物と仲良くする上でとっても大事だと思います。私は、どちらかというと草花よりも樹木の方が好きなのかもしれませんね。

 

『東アジア植物記』の読者から小杉さんへの質問コーナー

ここからは、『東アジア植物記』の読者の皆さまからお寄せいただいた数々のご質問について、小杉さんに答えていただきました。

――中国など海外の旅では、どうやってガイドの方を手配しているのですか。

小杉
私をヒトリシズカに出会わせてくれた植物好きの先輩が中国と関係があり、中国へ旅行の際にはガイドを頼みます。私はかばん持ちですね。

その先輩は、ガイドの方とすぐ仲良くなって、親戚付き合いのようになれる変わった人なんです。今では雲南省の中国科学院の先生と私は友達で、お互い助け合う関係です。日本の首相が来たら、通訳を担当するような優秀な方とも知り合いになれました。

こういったご縁から、中国ならある程度エリア別に友人や知り合いがいる感じです。

東アジア植物記『Plant of Kunming [その5] 滇国(てんこく)の香り ルクリア』より
中国科学院昆明植物園と雲南林業大学が日本のルクリア農家を招待して技術を学ぶ会合の様子。

中国以外の海外で、ガイドを手配なんて贅沢はできないので、こつこつ貯めたお金でできる範囲で楽しんでいました。家族で海外旅行に行ったときは、だいたい私は別行動です(笑)。

家族は観光地へ行き、私は、植物園巡りやジャングルツアーに参加してしまいます。妻と国内旅行に行ったときも、現地では別行動、私は植物三昧です。

――取材をたくさんされていますが、今まで一番怖かったことや面白かったこと、また訪れたいところを教えてください。

小杉
一番怖かったのは、中国の雲南省に行ったときです。中国科学院の先生と一緒だったので、観光地ではなく、野良犬やオオカミがいてもおかしくないような奥地まで入るんです。そこに獣に食べられた子牛の死骸があって、ヒヤヒヤしながら帰って来たことがありました。

これも中国の雲南省で、ミャンマーの国境辺りに入ったときのことです。おまわりさんがいて、職務質問を受けました。このあたりは麻薬地帯で、かばんやら車やら全部調べられて、どこから来たんだ!とか言われて、本当にそういう危険な地域があるんだとゾッとしました。

あと、これは10年前の雲南省の高速道路での話です。中央分離帯に屋台が建っていて、マンゴーを売っていたり、農家の人たちがクワを持って平気で歩いて横断したり、高速道路の脇を歩いて農作業に行く人もいました。オイオイ!って思いましたよ。当時は、ほとんど車が走っていなかったので、普通に車を止めてマンゴーを買う人がいるから、売っていたんでしょうね(笑) そこにはゾウ横断注意という標識もあって、遭遇してしまったとしたら、もうどうにもできないですよね。

東アジア植物記『密林に生きる[後編] バナナ』より
ゾウ横断注意の標識。

密林に生きる[後編] バナナ

あと、国内で面白かった話は、この間、九州の阿蘇山に登る車道に「ばあさん飛び出し注意」という看板が出ていて、しばらく行くと今度は「じいさん飛び出し注意」というのも出てきて、飛び出すのが子どもではない看板にちょっと笑っちゃいました。

――緑が少なくなる中で、植物観察をするならどこがおすすめですか。

小杉
植物は、水と日光があればどこにでもあるので、歩けば植物観察はどこでもできます。近所や公園を散歩するだけでも、知らない植物や不思議な植物たちと出会えるはずです。フィールドワークはどこでもできるというのが私のポリシーです。

私は今、ほとんど実家で母親の看護をしていて、その周辺を歩いているだけでも、おや?何かな?という植物をずいぶん見つけました。例えば、普通は白いエノコログサですが、穂が金色になる金エノコログサなども見かけます。見たことのない新しい帰化植物がどんどん増えていることやレインリリーやマツヨイグサの記事の写真も東京の実家の近所で撮影しました。だから、どんな場所でもおすすめで、お気に入りになると思います。

東アジア植物記『Rain lily(レインリリー)[後編]』より
タマスダレの花。

Rain lily(レインリリー)[前編]
Rain lily(レインリリー)[後編]

東アジア植物記『マツヨイグサ属[後編]』より
マツヨイグサの花。

マツヨイグサ属[前編]
マツヨイグサ属[中編]
マツヨイグサ属[後編]

――海外にたくさん訪れていると思いますが、一番お気に入りの国はどちらですか。

小杉
中国の雲南省デチェン・チベット族自治州にあるシャングリラ周辺、同じ雲南省西北部の麗江市周辺の高原が特にお気に入りです。

東アジア植物記『遥かなるプリムラの旅路[その2] プリムラ属』より
雲南省デチェン・チベット族自治州シャングリラ近郊、標高3400mの小川にプリムラが群生している様子。

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――現在、何か国語を勉強されているのでしょうか。

小杉
植物のことだけで精一杯なので、語学は全部ブロークンで適当です。英語は少し使います。ロシア語も3年ほど勉強しました。中国では、漢字がある程度共通なことと現地の中国人の知り合いが日本語を話せるので助かっています。

大事なのは植物の学名を知ることです。学名は世界共通の言葉なので、学名を知れば世界の人とコミュニケーションを取れるので助かります。

――日本と海外の文化に違いがあるように、植物にもこんなことに違いがあるんだ!逆に環境は違えども植物は同じと感じられたエピソードはありますか。

小杉
日本では絶滅危惧種とされているのに、大陸では雑草のように生えている植物が多いです。日本の植物は、大陸の揚子江(ヤンツージャン 長江の下流部)以南と同じ種があったりして、とても共通性があります。日本だ、中国だと分けて考えず、東アジアという広い視点で植物を理解する必要があると思いました。そして、東アジアの植物は、北アメリカ東部の植物と共通性があるので、世界的な視野で植物を理解できました。

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――植物以外の趣味は何ですか。

小杉
電車、バスなどの待ち時間を利用して数独をやっています。初級から上級はすぐクリアしてしまうので、今は難問じゃないとダメなんです。解けるとすごく気持ちがいいですね。あとは、貝殻の収集です。博物館級の量と質で、世界の貝殻を3000種類ほど集めました。

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タカラガイのコレクション。

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――小杉さんは、植物と対話しているように見えるのですが、どのように会話していますか。

小杉
植物を見るのがとにかく好きなんです。理由はありません。そして、その植物が何科何属なのかという情報は、ほとんど花に集約されています。

植物全体を観察して、お前はどんな顔をしてるの?葉っぱはどうなの?花弁とがくは何枚で、雄しべが何本で、雌しべは何本なの?毛が生えているのかないのか?と、ただ見るだけではなく、触るようにしています※。

※よく分からない植物や有毒植物は、触れずに観賞しましょう。万が一、触れてしまった場合は、せっけんなどを使ってよく洗ってください。

――国内外、さまざまな植物に触れて、インパクトや思い出の強かった植物は何ですか。

小杉
球果植物やどんぐりを付ける植物たちを追いかけて、球果やどんぐり拾いができたことが一番楽しかったです。球果を付ける針葉樹たちと、どんぐりを付けるブナ科の植物の思い入れが強いです。

――特に思い入れがある連載のシリーズは何ですか。

小杉
1. Plant of Kunmingシリーズ
Plant of Kunming [その1] 含笑 前編

2.カルストの大地シリーズ
カルストの大地[その1] ムラサキセンブリ

3. 遥かなるプリムラの旅路シリーズ
遥かなるプリムラの旅路[その1] プリムラ属

4. 茶樹を食するシリーズ
罰当たり1000年、茶樹を食す [前編] チャノキ

5. 世界球果図鑑シリーズ
夢の中でまで松ぼっくりを集めるほど、球果沼に沈みました。球果のリースなどいろいろな工作もできました。
世界球果図鑑[その1]

6. どんぐりころころシリーズ
日本で見られるドングリを求めてフィールドワークは楽しい日々でした。ぜひ皆さんも体験してほしいです。
どんぐりころころ[その1] ガイダンス編

7. ユリの王国シリーズ
日本に原生するユリを追いかけたフィールドワークは、楽しかったです。特に伊豆大島の溶岩原に凜として咲く、タメトモユリの姿には感動しました。
ユリの王国 [その1] ヤマユリ

8. 中国のフィールドワークで見た、神農山や龍門の植物、玄奘三蔵やだるまを取り上げた記事全般
現地の歴史と風物と植物を同時に紹介した記事は、私もときどき読み返します。ぜひ読んでいただきたいと思うシリーズです。
神農の山 ハクショウ
神農山の花々 丹参(タンジン)と山桃(サントウ)
龍門と遠志(オンジ) イトヒメハギ
密林に生きる[前編] 緋桐(ヒギリ)
だるまさんが転んだ[前編] ハグマノキ
だるまさんが転んだ[後編] 忍冬と群れ雀

――現在、球果シリーズのコレクション数はどのくらいありますか。

小杉
針葉樹は、試験林や見本木として世界の木が植えられているので、意外と日本でも手に入るんですよ。数は、ちゃんと整理しないといけないんだけどね…。100種以上はあります。

「球果はこの3~4倍は家にあるかな?」と笑う小杉さん。手に持っている球果は、珍品中の珍品、 ピヌス トーリーヤナ。北米で最も珍しいマツの一つとされる。でも手に入れたのは北米ではない場所とのこと。

――愛読書は何ですか。

小杉
新書でいい本もあるんだけど、私が一番おすすめしたいのは、中尾佐助さんの『栽培植物と農耕の起源』という本です。洞察がものすごく深く、日本の植物の本として秀逸なんです。野山に行って、小麦の植物が生えていても、これが野生種なのか栽培種なのか一目で分かる、といったことなどが書いてあり、なぜ欧米で文化が発展したのかなど、植物を起源に語られています。

プラントハンターの生きざまの中で面白いのが、ロバート・フォーチュン氏の著書『幕末日本探訪記』です。世界の多くは右側通行でしょ。日本がもし右側通行だったら、鞘当てになってしまって、武士の魂どうしてくれるんだ?ということになってしまうわけです。街中で交通事故が少ない左側通行は、極めて優れた日本の制度だとか、日本は夕方になると酔っ払いの天国だったとか、何度と読み返しても笑っちゃうくらい面白いです。

中国の植物を調べるには、現地の本がよいです。私が参考にしているのは、私の友人でもある魯 元學さんが書いた『雲南花紀行 8大名花をめぐる旅』という本です。

――この植物だけは観賞してほしい!と心から思った植物は何ですか。今は見られなくなってしまった植物はありますか。

小杉
世界に生える巨樹や古木は、神々しい生き物だと思うので見ておく必要があると思います。日本では「蒲生の大クス」「杉の大杉」、箱根の「早川ビランジュ」、中国の「将軍柏」、神農山の「ハクショウ(白松)」などは感動的です。

巨樹や古木が登場する記事を読む

東アジア植物記『』より
鹿児島県姶良市蒲生町にある蒲生八幡神社の大クス。

樟 or 楠[前編] クスノキとタブノキ

東アジア植物記『神代の時代から スギ』より
幹周は、南スギで15m、北スギで8mで合計23m、高さ68mもある「杉の大杉」。伝え聞く樹齢はなんと3000年。

神代の時代から スギ

東アジア植物記『最北の巨木と杏仁豆腐 バクチノキ』より
国の天然記念物になっている「早川ビランジュ」。

最北の巨木と杏仁豆腐 バクチノキ

東アジア植物記『将軍柏[前編] コノテガシワ』より
河南省登封市にある第二将軍といわれるコノテガシワ。

将軍柏[前編] コノテガシワ

東アジア植物記『楸樹とカタルパ属』より
神農山の「ハクショウ(白松)」。

楸樹とカタルパ属

日本には、『巨樹・巨木図鑑』という本もあります。この本に登場する巨樹・巨木は、今のうちに見ておかないと見られなくなるかもしれません。日本に原生する野草たちも絶滅危惧種が多いので、その環境が失われると二度と見られなくなる可能性があります。今のうちに、その多くを目に焼き付けておく必要があると思います。

――一番好きな植物を教えてください。

小杉
どんな植物も好きなので一つに決めるのは難しいですね。強いて言えば スミレ属、カンアオイの仲間、アストロキア属も好きです。

東アジア植物記『スミレ列島[後編] スミレ属』より

スミレ属が登場する記事を読む
スミレ列島[前編] スミレ属
スミレ列島[後編] スミレ属
スミレ列島[続編] スミレ属

東アジア植物記『葵の御紋[前編] カンアオイ属』より

カンアオイが登場する記事を読む
葵の御紋[前編] カンアオイ属
葵の御紋[後編] カンアオイ属

東アジア植物記『アリストロキア属[後編]』より

アストロキア属が登場する記事を読む
アリストロキア属[前編]
アリストロキア属[後編]

――植物を育てる上で、気を付けてほしいと感じていることは何ですか。

小杉
毎日、植物をよく見てあげることに尽きると思います。そうすれば、どのような手入れが必要なのか分かるようになります。

――野菜と花、それぞれ好きな植物ベスト3とその理由も教えてください。

小杉
花は、
1位 パンジー
2位 ベゴニア「フォーチュンベゴニア」
3位 「サンパチェンス」
です。それぞれ、人生で深く携わり、開発してきた植物たちだからです。

野菜は、
1位 ミニトマト「アイコ」
2位 ダイコン「冬自慢」
3位 三尺ササゲ「けごんの滝」
です。どれもおいしく育てやすいからです。

――酷暑でもおすすめの作物、植物を教えてください。

小杉
野菜では、三尺ササゲ、シカクマメ、オクラなどは特に暑さに強いです。花では、ハゲイトウ、ジニア「プロフュージョン」、センニチコウ「ネオン」シリーズ、ペンタスなどが作りやすいです。半日陰で水をきちんとあげるなら、サンパチェンスもおすすめです。

――誰でも始めやすい植物は何ですか。

小杉
育てる方の手間のかけ方や植物を置く環境で育てやすい植物は違ってきます。室内なら観葉植物や胡蝶蘭が育てやすいでしょう。花壇なら、秋から春は何と言ってもパンジー、ビオラが育てやすいです。夏ならジニア「プロフュージョン」がおすすめです。

ジニア プロフュージョン チェリーとファイヤーの寄せ植え

――虫が付きにくいおすすめの植物はありますか。

小杉
虫、嫌ですよね。できれば見ないで過ごしたい気持ち、よく分かります。でも、地球において虫を見ないで生活することや園芸をすることはとても難しいです。虫は、適当に“無視”して、簡単に使えるスプレー剤などで対応するようにしましょう。ちなみに、表面に毛が密生している植物は、虫が付きにくいですよ。

『園芸通信』読者に向けた小杉さんからのメッセージ

――最後に読者の方へのメッセージをお願いします。

小杉
植物たちは、あらゆる有機体(生命体)の出発点です。私たちは植物と離れては暮らせません。植物たちに囲まれていると気持ちが落ち着き、安心感が得られるのは、生命の本質が植物に守られているからだと思います。人は、いつも心配ごとに囲まれて生きていると思います。

そんな中で、一番身近な場所で植物と接する園芸は、人の心の安定と作業に伴う運動が合わさった、素晴らしい行為だと思います。花を育み野菜を育て、植物とのふれあいの中で日々を過ごす楽しみがあります。サカタのタネがそんな皆さまのお手伝いができればいいんじゃないかと思います。私の『東アジア植物記』に対してもご愛読いただき感謝申し上げます。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年9月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

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