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【第10回】森林セラピーでリラックス(2)

宮崎良文

みやざき・よしふみ

千葉大学環境健康フィールド科学センター教授・副センター長20194月からグランドフェロー)。専門は生理人類学。自然セラピー学の確立を目指し、人が自然に触れると安らぐという感覚を科学的視点から研究している。

【第10回】森林セラピーでリラックス(2)

2019/09/10

前回、全国63カ所で実施した森林セラピー(*)大規模実験について紹介しました。今回は、森林セラピーが脳活動に及ぼす鎮静効果と高血圧者にもたらす血圧低下作用などについて記します。


*森林セラピーは特定非営利活動法人森林セラピーソサエティの登録商標です。

1. 脳前頭前野活動計測実験

森林セラピーが脳活動にもたらす効果を明らかにするために、近赤外時間分解分光法を用いた脳前頭前野活動の計測実験を実施しました(引用文献1)。一般に、脳活動計測は、非常に高いレベルにあると思われていますが、血圧、交感・副交感神経活動などの計測に比べて、大きな問題を抱えています。その問題点とは、測定時の安静状態をゼロとし、そこからの増減を計測する方法しかないことです。そのため、計測センサーを外してしまうと前回の計測値との比較ができません。そのような状況下において、脳の活動状態を血圧などと同様に絶対値で計測できるのが、この近赤外時間分解分光法です。継続的に、例えば、1日後、1カ月後の計測結果との比較を行うことができます。

本実験においては、12名の男子大学生(平均22.8歳)に協力してもらいました。実験前日に森林部と都市部の実験場所を下見し、その後、ホテルの個室に宿泊し、同じ食事を取りました。近赤外時間分解分光法による脳前頭前野活動計測は1日5回とし、1回目は朝食前にホテルの会議室で行いました。その後、森林群と都市群に分かれてバスにて移動し、2、3回目は20分間の歩行の前後に行い、4、5回目は20分間の座観の前後に行いました。
その結果、森林部における20分間の歩行ならびに座観において、前頭前野活動が、都市部に比べて鎮静化することが分かりました。本データは、森林部において、都市部に比べて、前頭前野が鎮静化することを示した世界で唯一のデータです。さらに興味深いのは、ホテルにおける朝食前のデータです。アンケートにおける「快適感」にも「リラックス感」にも違いがなかったのですが、前頭前野活動には違い(統計的有意差あり)がありました。実験参加者は自分が、森林部に行くのか都市部に行くのか分かっているのですが、森林に行く予定の方々は、都市へ行く予定の方々に比べて、既に、ホテルにおける朝食前に、前頭前野活動が鎮静化していました。自分では、その違いを自覚できていないのですが、前頭前野活動は鎮静化していたのです。

2. 高血圧者における森林セラピープログラム実験

男性高血圧者(平均56.0歳)9名に協力してもらい、10時30分から15時05分まで森林内で活動する森林セラピープログラムの影響を調べました(引用文献2)。

長野県上松町の森林で行い、生理計測は、森林セラピープログラム終了後に実施しました。日常生活時との比較を行うため、前日の同時刻に計測を行いました。

その結果、森林セラピーによって、収縮期血圧は140.1 mmHgから123.9 mmHgに低下し、拡張期血圧は84.4 mmHgから76.6 mmHgに低下しました(統計的有意差あり)。

さらに、ストレス状態で高まる尿中アドレナリン濃度と血中コルチゾール濃度も低下したのです(ともに統計的有意差あり)。以上より、数時間の森林セラピープログラムは、男性高血圧者に対して生理的リラックス効果をもたらすことが明らかとなりました。

さらに、血圧の高い社会人を対象として、鳥取県智頭町における9時から15時30分までの森林セラピープログラムがもたらす生理的効果を調べました(引用文献3)。被験者はオフィスワーカー26名(平均35.7歳)とし、森林セラピー3日前(自宅あるいは社内)、森林セラピー当日、森林セラピー後3日目、5日目(自宅あるいは社内)における計測を実施しました。測定指標は、収縮期血圧ならびに拡張期血圧とし、朝食前、昼食前、夕食前に計測しました。

元々血圧の高い9名の収縮期血圧の結果を上の図に示します。夕食前における収縮期血圧は、3日前の計測時(133.8 mmHg)と比較し、森林セラピー時(116.6 mmHg)、3日後(126.4 mmHg)、5日後(124.0 mmHg)ともに低下していました(すべて統計的有意差あり)。つまり、1日の仕事が終了する職場での計測において、血圧の低下が5日間継続することが明らかとなったのです。拡張期血圧も同様の傾向を示しました。

女性高齢者(平均62.2歳)17名を対象として、10時30分から15時まで森林内で活動する森林セラピープログラム実験も行いました(図10,11)(引用文献4)。その結果、代表的なストレスホルモンである唾液中コルチゾール濃度は、森林セラピー後には0.124μg/dLとなり前日の同時刻における0.168μg/dLに比べ、26%低下することが分かりました(統計的有意差あり)。脈拍数も低下しました(統計的有意差あり)。数時間の森林セラピープログラムは、女性高齢者に対しても、生理的リラックス効果をもたらすことが明らかとなったのです。

おわりに

森林セラピー実験は、1990年から日本発で始まり、2005年から2017年にかけて、全国63カ所の森林にて、756名の学生を対象とした大型研究が実施されました。

一方、最近、社会からの要請として、高ストレス状態にある方々への森林セラピーのリラックス効果に関するデータが求められています。私たちも、そのような声を受け、「高血圧者」を対象に、いくつかの実験を実施しましたので、今回、紹介しました。

次回は、森林や花が持つ「生体調整効果」について、紹介します。

引用文献

1)B.J. Park, Y. Miyazaki et al. Physiological effects of Shinrin-yoku (Taking in the atmosphere of the forest) - using salivary cortisol and cerebral activity as indicators. J Physiol Anthropol, 26(2):123–128, 2007
2)H. Ochiai, Y. Miyazaki et al. Physiological and psychological effects of forest therapy on middle-aged males with high-normal blood pressure. Int J Environ Res Public Health, 12:2532–2542, 2015
3)C. Song, H. Ikei and Y. Miyazaki Sustained Effects of a Forest Therapy Program on the Blood Pressure of Office Workers. Urban For Urban Gree, 27:246-252, 2017
4)H. Ochiai, Y. Miyazaki et al. Physiological and psychological effects of a forest therapy program on middle-aged females. Int J Environ Res Public Health, 12(12):15222-15232, 2015

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