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外来の春咲き小球根植物[その3] アノマティカ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

外来の春咲き小球根植物[その3] アノマティカ

2025/03/04

2024年は、コロナ禍以降少なくなっていた訪日外国人が大幅に増えて、3686万人を超えたそうです。植物たちのimmigration(イミグレーション、移住)も増え、いろいろな外来植物が道端や植え込みなどに住みついているのをよく見かけます。異国に生まれ、東アジアの風土になじんだ植物たち。いとおしい花を咲かせる植物も少なくありません。

温暖化が進み、激しく凍り付くことが少なくなった都会の片隅。道端の小さな植え込みの中に、こんな花を見る機会が多くなりました。地域によって差はあるかと思いますが、園芸用に鉢などに植え込んだことがあるご家庭の近所で、あちらこちらに分散して花を咲かせていました。

フリージア ラクサ(アノマティカ)

フリージア ラクサFreesia laxaアヤメ科フリージア属。「え~!この植物、フリージア属なの?」と思った方は多いと思います。私もこの植物は、アノマティカ属だと思っていました。この植物は学名が幾度も変わり、いろいろな名前で呼ばれてきた歴史があります。1823年に最初の学名Gladiolus laxus(グラディオラス ラクサス)を付けたのは、鎖国の日本にやってきて植物調査をしたCarl Peter Thunberg(カール・ピーター・ツンベルク、1743~1828)です。彼は、この小さな球根植物を皆さまもよくご存じのグラジオラス属の一種としたのでした。日本に来る前にツンベルクは、この植物の原生地の一つである南アフリカで植物調査をし、「喜望峰植物誌」をまとめました。

その後の研究者たちは、この植物をグラジオラス属ではないと考え、Lapeirousia laxa(ラペイロウシア ラクサ)という学名を経て、1971年にAnomatheca laxa(アノマティカ ラクサ)と呼ばれ、今ではフリージアの一種としてFreesia laxa(フリージア ラクサ)という名前になりました。フリージアの名前は、ご存じだと思います。現在の正式学名はともかくとして、この植物はアノマティカとして認容され、その球根が観賞用に流通してきました。

フリージア ラクサは、同義類義語(シノニム)でAnomatheca laxaと認容され、和名ではヒメヒオウギと呼ばれます。属名のFreesiaは、ドイツの内科医Friedrich Heinrich Theodor Freese(フリードリヒ・ハインリッヒ・テオドール・フリーゼ、1795~1876)に献名された名です。種形容語のlaxaは、「まばらなこと」を表す形容詞で、他のフリージア属に比べ、花付きが少ないことを表すのだと思います。シノニムのAnomathecaは、anomaly(アノマリー)のことで「例外」「普段とは異なる」などという意味です。この植物記では、あえてアノマティカと呼ばせてもらおうと思います。

アノマティカを1株掘り上げ、全体像を観察します。この植物は、地下の球茎から地上部に葉を扇状に出す多年草です。そして、5月には葉腋(ようえき)から花茎を立ち上げ、その頂部は水平に広がりながら「まばらな」花を咲かせています。小さな株では15cm程度の草丈でした。

大きなこの株では、地下部から花茎の先端まで45cmほどありました。

私の手のひらに載っているのが、大きさ1.5cmほどのアノマティカの球茎です。私は仕事柄、フリージアの球根を何度も見て、触れてきました。なるほど、この球茎は、小さいながらフリージアに似た容姿をしています。この植物がフリージア属だというのはよく分かります。

アノマティカは、アヤメ科の単子葉植物ですから、花被は3数性。雌しべ1本、雄しべ3本。内花被3枚、外花被3枚の合計6枚の配置です。花の大きさは2cm程度、ユニークなのは、6枚の花被片のうち、下側3枚の基部に赤いマークが付くことです。それは、おそらくネクターガイド※になっているのだと思います。アノマティカの花は小さいながら、平らに開くのでとても愛嬌(あいきょう)があります。

※ネクターガイド…被子植物の虫媒花によく見られ、チョウやミツバチなどを蜜の場所へ導く目印となる花弁の模様のこと。「花蜜標識」または「蜜標」、「ネクターサイン」とも呼ばれる。

花色は、先ほどのサーモンローズが優先色だと思いますが、色の濃淡があり白地に赤い斑紋や素芯の白など、花色も豊富です。

アノマティカは、球茎を増やす栄養繁殖でも増えますが、主な繁殖方法は実生です。アノマティカが大株になると、意外と大量の種子を付けます。この数の多い種子が周りにばらまかれる結果がどうなるのか、面白い写真があります。

上の写真では、奥の方に白いプランターが見えます。おそらく、最初は誰かが市販のアノマティカの球根を購入して、このプランターに植えて楽しんだのでしょう。そして、しばらくすると、先ほどの写真のようにおびただしい果実が実るのです。そこから種子が四方に散ったことで、この群落ができたと考えるのは容易です。

ところが、先ほどの群落を中心に半径200mほどの距離がある道端などにもアノマティカの株が散見されるのです。それは、あの群落から物理的に散布されたにしては遠過ぎるのです。

未熟な莢(さや)を開けて、種子を確認したところ、その周りに白い付属物を確認しました。これは、脂肪酸や糖分を含むelaiosome(エライオソーム)です。植物の中には、アリを引き寄せるための餌を種子の外部に作り、アリに種子を運ばせるように進化した植物があります。それをアリによる散布種子=「ミルメココリー(Myrmecochory)」といいます。

ミルメココリーとは、ギリシャ語で「アリ」と「分布」の合成語です。アリは、餌付きの種子を巣に運び、食べ終えると巣の近くに捨てるのでしょう。アノマティカが通常の物理散布では考え付かない場所で発芽し、生育する様子を目にするのはアリの仕業だと推定します。

アノマティカの故郷は、アフリカ南部の東側です。やや湿った環境条件を好み、南アフリカ東部を分布の中心として、モザンビークやケニアなどにも原生地があるそうです。今回、アノマティカの取材は、東京の葛飾区某所で行いました。都会のコンクリートに覆われた大地の片隅は、この植物の故郷に似た環境条件になっているのかもしれません。

次回は、「外来の春咲き小球根植物[その4] ミツカドネギとチリアヤメほか」です。お楽しみに。

JADMA

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