日本各地には、エドヒガンザクラ(Prunus spachiana)の古木や名木が数多く残されており、その多くが国の天然記念物に指定されています。
ところが、中国や韓国(朝鮮半島)には、同じ種(しゅ)に相当すると考えられるエドヒガンザクラの古木がほとんど確認されていません。このことから、エドヒガンザクラは日本列島に渡った後、日本で形質を固定させ、日本固有のサクラとして成立したと考えられています。
今回は、そのエドヒガンザクラのルーツと日本への旅路についての考察から始まります。

エドヒガンザクラ
エドヒガンザクラは、日本の野生ザクラの中でも、際立って大きく成長する種です。 『サクラの旅路[その8]エドヒガンザクラ前編』で触れてきたように、エドヒガンザクラには次のような特徴が認められます。
・葉より先に花が咲く「先花性(せんかせい)」
・比較的開花が早い「早生性」
・枝垂(しだ)れ性の変異を生じやすい
・花柄(かへい)や花柱(かちゅう)に柔らかい軟毛が生える
これらの形質は、エドヒガンザクラが山地環境に適してきたサクラであることを示唆します。特に早生性という点に注目すると、比較的温暖な地域の山地帯に起源を持つ可能性が高いサクラだと思われます。

エドヒガンザクラのがく筒(とう)が「つぼ形」をしていることは、前回の終わりに触れた重要な特徴です。この独特な形状に着目すると、山地性でつぼ形のがく筒を持つサクラが、エドヒガンザクラの祖先型であったのではないか?という推測が成り立ちます。

ウンナンザクラ
ウンナンザクラは先花性を持ち、エドヒガンザクラと同様に開花も早いサクラです。花柄や花柱に柔らかな毛が生え、枝は細くしなやかで、枝垂れ性の素質も備えています。また、がく筒はエドヒガンザクラほど顕著ではないものの、確かにツボ形の傾向を示しています。
このような形質の一致は、サクラ類の中で原始的な存在とされているウンナンザクラが、エドヒガンザクラの祖先的系統に近い存在であること示唆するものといえるでしょう。少なくとも、その可能性を感じさせるインスピレーションを与えてくれます。

ウンナンザクラの系統は、横断山脈(Héngduàn Shānmài)から中国の長江以南にかけての暖地に広く分布しています。一方で、秦嶺(しんれい)山脈周辺や華北(かほく)、朝鮮半島は、その存在がほとんど確認されていません。
この分布を踏まえると、横断山脈から長江以南の山地に分布するサクラ類が、長い時間をかけて陸地や島伝いに、あるいは鳥によって種子が運ばれながら、飛び石状に日本へと到達した「第四のルート」が想定されます。
そして、その山岳系サクラ群の一部が、日本の気候風土の中で形質を固定させ、エドヒガンザクラとして結晶化したーーと、私は考えています。以上がエドヒガンザクラのルーツと旅路の考察です。
ここからは、日本各地に現存するエドヒガンザクラの古木を、いくつか紹介したいと思います。

盛岡地方裁判所敷地内にあるエドヒガンザクラ
暖地や東京でサクラの花が散り終えても、北へ向かえば、まだサクラは満開を迎えています。「サクラ推し」の方々は、桜の開花前線と共に旅をするのだといいます。その時期に東北新幹線に乗ると、時をさかのぼるタイムマシンに乗ったかのような時間旅行を楽しめます。
岩手県の盛岡地方裁判所前には、妙な所から枝を広げるエドヒガンザクラがあります。国指定の天然記念物で、当地では4月中下旬にかけて開花します。

今からおよそ400年前、江戸時代初期のこと。南部藩の城下町にあった武家屋敷に大きな岩がありました。その岩の割れ目に、エドヒガンザクラの種子が落ち、やがて芽を出したのがこのサクラの始まりだと伝えられています。
もともと荒れた土地にも生えるエドヒガンザクラです。直径およそ2mもある堅い花崗岩(かこうがん)を長い年月をかけて割るほどに成長し、現在に至ります。その名は、「石割桜」。エドヒガンザクラの名木です。

「日本三大桜」の一つ、「三春の滝桜」と呼ばれるエドヒガンザクラ
上の写真のエドヒガンザクラは、日本の中世とされる平安時代から鎌倉時代のころには、すでに大木であったと伝えられています。
それこそが「日本三大桜」に列せられるシダレザクラの巨木、称して「三春(みはる)の滝桜」です。樹齢は1000年を超え、樹高約12m、株張りは東西22mに広がり、国内でも有数の大きさを誇る、エドヒガンザクラのうちの1本です。

シダレザクラの学名は、Prunus spachiana f. pendula(プルヌス スパキアナ フォーマ ペンデュラ)バラ科サクラ属です。変種名のf. pendulaは、「ぶら下がった」「垂れ下がった」を意味するラテン語のpendulusに由来します。つまりシダレザクラとは、エドヒガンザクラが持つ枝垂れ性という形質が自然変異で現れたものなのです。
山岳系のサクラには、枝が細くしなやかな性質を持つウンナンザクラなどがありますが、エドヒガンザクラの枝垂れ変異種は、それらをしのぐほどの見事な枝垂れ性を示します。ヤマザクラやオオヤマザクラなどにも枝垂れの品種ありますが、その優雅さから「シダレザクラ」いえば、ほとんどがエドヒガンザクラを指しているといえます。

シダレザクラのがく筒を観察してみましょう。このつぼ状のがく筒こそが、エドヒガンザクラの証明です。どこかでシダレザクラを目にしたら、花のがく筒を確認してみましょう。きっと、このような形をしているはずです。
シダレザクラの古木、「三春の滝桜」の樹齢には驚きますが、実は「上には上」があります。

「山高神代桜」と呼ばれるエドヒガンザクラ
山梨県北杜市にある「山高神代桜(やまたかじんだいざくら)」は、驚くべき存在感を放つエドヒガンザクラの古木です。推定樹齢は1800~2000年。弥生時代に芽吹き、今日まで生き続けていると考えられます。
このサクラは、すでに室町時代から名木として知られていたことが、記録に残されているといいます。一説には、日本武尊(やまとたけるのみこと)が植えたのだという伝説もある不思議な老木です。

エドヒガンザクラは、短命とされる日本の野生ザクラの中では、特に長寿な存在で「石割桜」に見られるような過酷な環境でも生き抜く生命力を備えています。しかし、その生息数は多くはなく、稀(き)産のサクラでもあります。
きっとエドヒガンザクラは、ほかのサクラとは異なる生き方、異なる時間のリズムを刻みながら、悠久の時を生き続けるサクラなのだと思います。2000年を生きる「神代桜」の現在の姿は、土塊(つちくれ)のようにも見え、まるで大地と溶け合っているかのようです。それは樹木というよりも、大地と一体となった生命体のように私は感じました。
次回の『サクラの旅路[その10]』では、サクラの雑種について考察します。お楽しみに。