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カラフトイバラ

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

カラフトイバラ

2022/07/26

2022年、例年にない短い梅雨でした。梅雨明け後、本格的な夏が到来しています。それにしても、この猛暑には参ります。こんなとき、高原の涼やかな風に吹かれたいと思うのは人間ばかりではありません。

長野県菅平は、本州において最も寒い場所の一つとされます。高原は、根子岳という火山の西斜面にあり、冬に時としてマイナス30℃近くを記録したといいます。標高は、1,250~1,650mの地域に広がり、昼と夜の寒暖差が大きく、朝の冷たい空気が気持ちよい場所です。

長野は海から離れた内陸の県。その中でも菅平の降水量は、日本の年間平均降水量の半分ほどしかありません。気温が低く寒暖差があり、雨が少ないのです。それは本州において、最も北東アジアの大陸的な気象条件といってよいと思います。

本州ではこの長野と群馬の山岳地域にしか自生しない植物があります。それは、大陸的な気象条件を好み、地球が冷涼な時期に日本にも分布し、その後の温暖期に寒冷な地域に後退した植物。氷河期の遺存種とされる野生のバラです。

カラフトイバラRosa amblyotis(ローザ アンビリオティス)バラ科バラ属。日本の本州以外では北海道、そして中国東北部から樺太、シベリアなどに生息します。学名は、ロシア、ベラルーシ出身の植物学者、Carl Anton von Meyer(カール・アントン・フォン・マイヤー)によって、命名されました。

菅平の1,250mの標高に湿原があります。ここにもカラフトイバラは生えていましたが、木々に囲まれて生育が悪く、花もまばらでからっきし元気がありません。

菅平の後ろにそびえる根子岳。標高2,207m付近でもカラフトイバラを見つけました。高山植物や笹に埋もれながらも、カラフトイバラはご機嫌です。このバラは陽光とより低い温度を好むように見えます。

根子岳には、菅平からの登山道があり、そこにはウシが放牧されている場所があります。金網で囲まれている内側には、大きなカラフトイバラの株をいくつも見ることができました。とげのあるバラはウシが食べないこと、太陽光で競合する他の植物をウシが食べることで、カラフトイバラの生育環境が整うみたいです。

上の写真は内陸の草原の国、モンゴル国に原生するカラフトイバラです。菅平で命をつなぐカラフトイバラに対し、元気そうでとても生き生きしているように感じます。この植物は本来、冷涼で乾燥した東アジアの北部草原の植物だと思います。

山東省平陰(へいい)県玫瑰鎮(めいくいちん)に、玫瑰研究所があります。中国では、バラのハマナシ節(グループ)のことを「玫瑰(めいくい)」という漢字を使⽤します。玫瑰は、主に花冠(かかん)をお茶にし、花びらはお茶や醤(ジャン しょうゆのもろみのような半流動状の発酵食品)に利用する「食香バラ」のことです。

ここの見本園にもカラフトイバラはありました。Rosa davurica(ロサ ダウリカ)とされていましたが、それがカラフトイバラであることが分かりました。この株、色といい、ふくよかな花姿といい、とてもよい株です。そして、この花びらを口に入れてムシャムシャ。それは、食味がよく甘いのです。一般のバラを食べてもワセリン系の雑味と食感があり、苦く決しておいしいものではありません。しかし、カラフトイバラ系の食味、食感はエディブル(食用)に値します。

カラフトイバラは、和名が示すように樺太で採取された株が基準産地となって、Rosa amblyotisと学名が付けられています。他にロシアのダウリカ地方の名前があるRosa davuricaとか、Rosa marretii(ロサ マレッティー)などのシノニム(異名)があります。それは北東アジアの広範囲に生え、いろいろな学者が検討した故のことでしょう。

カラフトイバラは、秋にハマナスに似た赤い実を付けます。別名をヤマハマナスともいいます。このバラ、冬に赤く紅葉します。幹が赤紫をしていて、冬枯れの姿も特徴的です。バラ独特の甘い香りの中に、刺激的な突き抜ける香りを秘め、花びらがおいしいバラでもあります。日本の南北に長い国土には、カラフトイバラのような魅力的な野生バラがひっそりと暮らしているのでした。

次回は「ネブの花[前編]」です。お楽しみに。

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