

小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
チャラン属
2025/05/02
長く続いた「気になる外来種」シリーズは、少しお休みいただき、春の樹木のお話です。原生の林が残る場所には、昔から日本に生えていた植物たちが生えています。春の山林下には、中世に生きた女性の名が付けられたヒトリシズカやその仲間のフタリシズカを見ることがあります。林の中に咲くその姿は、まさに「原始の花」をイメージさせてくれます。今回は、そんな素朴で飾り気がないヒトリシズカのお仲間、チャラン属の植物記です。
チャラン
チャラン(茶蘭)Chloranthus spicatus(クロランサス スピカタス)センリョウ科チャラン属。上の写真は、チャランの花です。がく片や花弁がなく、雄しべ、雌しべだけの単純な花容です。属名のChloranthusとは、ギリシャ語のchloro(緑)+anthos(花)の合成語です。チャランには花被がないので咲いているのか咲いていないのかよく分かりません。これは咲き始めを撮影したものですが、確かに「緑の花」のように見えると思います。
チャランの花は、すがすがしくてよい香りがするのです。チャランにとって、上の写真が精一杯の開花です。種形容語のspicatusとは、この花の咲き方である「穂状花序(すいじょうかじょ)」を表します。雄しべは三つに分かれ、雌しべを包んでいます。それぞれの花序の大きさは3cm、10本程度に分枝しているので、複穂状花序という形状です。この植物は、雲南省、四川省、貴州省など中国南部の暖かく湿った山地の斜面や谷あいの森に原生しています。
チャランの葉をよくご覧ください。「チャノキ(茶の木)」の葉っぱにそっくりです。そんな姿が「茶蘭」と呼ばれる由縁です。この花の姿が黄色いアワ(粟)の粒に見えるので、中国名は「金粟蘭(jīnsùlán)」と言います。中国では、香りのよい植物の多くは「蘭」という字を用いて名付けられます。「蘭」の字にある「門」という漢字に注目しましょう。その成り立ちは、閉じ込めることを意味していて、香りを内に持つ植物を「蘭」と呼ぶことが多いのです。「蘭」という漢字は、ラン科植物だけに用いられるのではないのです。
タイワンフタリシズカ
これは、50cm程度になる低木で、チャランと同じようにチャノキに似た葉を付けるタイワンフタリシズカといわれる植物です。タイワンフタリシズカChloranthus oldhamii(クロランサス オルダミイ)センリョウ科チャラン属。中国名を「台湾金粟蘭」といい、チャランとの相違点を述べると、複数の白い穂状花序を直立ではなく下垂させることです。
このタイワンフタリシズカにも花被はなく、ひものように細長い花序に雄しべと雌しべだけの単純な構造です。明確に三つに分かれ、上向き矢印のような純白の雄しべがよく目立ちます。タイワンフタリシズカの種形容語のoldhamiiとは、東アジアの植物を調査収集したRichard Oldham(リチャード・オールダム、1837~1864)を記念した名です。彼は、イギリスのキューガーデン(キュー王立植物園)から植物調査のために派遣され、さまざまな苦難に直面しながら東アジアの植物を調べたのですが、中国で赤痢にかかり27歳の若さで亡くなりました。
タイワンフタリシズカは、亜熱帯性のチャラン属で原生地は、タイワン、フィリピンの湿った森林地帯です。「フタリシズカ」といわれるくらいですから、穂状花序は1本でなく、2本以上の複数本あります。虫媒花で受精に成功すると上のような果実を作ります。
次に紹介するのは、不思議で見応えのある中国大陸のヒトリシズカの葉に似たチャラン属です。
ガビサンヒトリシズカ
ガビサンヒトリシズカChloranthus henryi(クロランサス ヘンリー)センリョウ科チャラン属。種形容語は、アイルランド人で中国医学に用いる薬用植物の調査を行ったAugustine Henry(オーガスティン・ヘンリー、1857~1930)の名を記念しています。この植物記でも、『ユリの王国[その5] コオニユリとSinomartagon 』や『Plant of Xi’an 秦嶺七十二峪[その2]』などで彼を紹介しています。
このガビサンヒトリシズカ、見た通り個性的です。ヒトリシズカといいながら、花茎は複数に分枝し、茎が赤く、葉は油を塗ったようにツヤツヤしていて、丈は30cmに及ぶ大型です。何よりおかしいのは、花茎が途中で折れてゴメンナサイをしていること、とても愛嬌(あいきょう)があり面白い植物だと思います。日本のヒトリシズカも受精が完了すると花茎が折れて曲がるのですが、ガビサンヒトリシズカは咲く前から折れている性質です。
花の部分を拡大してみました。雌しべの位置が確認できませんでしたが、雄しべは明確に三つに分かれ、純白でとても美しいものです。雄しべの下に黄色い葯(やく)が確認できます。和名にある「ガビサン」とは、四川省にある中国三大霊山の一つである峨眉山(がびさん)のことです。その頂上は、3000mを超え、植物の宝庫といえる山でもあります。しかし、ガビサンヒトリシズカがこの山に固有というわけではありません。安徽省(あんきしょう)、広西チワン族自治区、貴州省、湖北省(こほくしょう)、陝西省(せんせいしょう)、四川省(しせんしょう)など、中国東南部の湿った森林に原生します。
フタリシズカ
フタリシズカChloranthus serratus(クロランサス セルラタス)センリョウ科チャラン属。フタリシズカは、山林の湿った薄暗い場所にひっそりと生える植物です。その和名は、若菜を摘む女性が「静御前」の亡霊に会い、二人で踊る「能楽」が題材となって付けられたといわれます。ところが、この植物の花穂は、1~5本とアバウトなので、フタリシズカの名にある2本であるとは限りません。
フタリシズカの種形容語のserratusとは「のこぎり状」のこと。それは、葉にあるギザギザの鋸歯(きょし)を表します。米粒のように見える白い3本の雄しべは、意外と大きく3mm程度あり、基部で合着し雌しべを包み込んでいます。東アジアの広域に分布していて、南は雲南省、北は南千島の林床などに生息している宿根草です。
ヒトリシズカ
チャラン属で多くの人に知られているのは、上の写真にあるヒトリシズカです。ヒトリシズカChloranthus japonicus (クロランサス ジャポニクス)センリョウ科チャラン属。この植物については、以前の植物記「和風な春の妖精 ヒトリシズカ」で取り上げていますので割愛しますが、近年学名が変わったそうです。この学名は、シーボルトによる記載ですが、その資料がフタリシズカだと判明したといいます。それゆえにヒトリシズカの学名にChloranthus quadrifolius(クワッドリフォリウス)を用いるようになりました。種形容語のquadrifoliusとは「四つの葉」を意味しています。
センリョウ科チャラン属 は東アジアを分布中心として15種程度で構成されている宿根草です。それは、恐竜の時代に起源し、古い植物の形を保ち続け、東アジアの森陰でひっそりと悠久のときを刻む植物群でした。
次回は、「気になる外来種[その7] キキョウソウ属(ビーナスの姿見)」です。お楽しみに。