東アジア植物記 シキミ属[前編]

木へんに密と書いて「樒(シキミ)」。どことなく、この植物が仏教の一流派「密教(みっきょう)」に関わりがあるように思います。

また、シキミは強い毒性を持つことから、動物や虫除け、さらには魔除けの意味を込めて、古くから墓地や寺院に植えられてきました。現在でも、その芳香を線香の原料とされるなど、宗教や葬送文化との関係が深い植物でもあります。

しかし、この植物誌では、そうした民俗学や宗教文化の側面から少し離れ、シキミ属という植物を純粋に理解してみたいと思います。

中国を旅していると、飲食店だけでなく、衣服や靴、おもちゃ、雑貨など、実にさまざまなものが露天で売られているのを目にします。古本を扱う露天もあり、そこでは本が重さで売られているなど、日本ではなかなか見られない光景に出会えます。

露天販売は地方の中国経済の大きな特徴であり、高齢者には収入の手段となり、若者には起業する入り口にもなっています。また、農家の重要な販路の一つでもあり、路上にはさまざまな農産物が並んでいます。

左側に映るのがトウシキミの果実

路上に並ぶ品々の中には、何に使うのかよく分からないものも少なくありません。そんな中で見つけたのが、写真の左側にうずたかく積まれている、トウシキミIllicium verum(イリシウム ベルム)マツブサ科シキミ属の乾燥した果実と種子です。

トウシキミは、中国の広西(こうせい)チワン族自治区や雲南(うんなん)省南東部から、ベトナム北部にかけての亜熱帯地域に原生するシキミ属の植物です。

トウシキミ

トウシキミの乾燥果実は「八角(はっかく)」と呼ばれ、その独特の香りから中華料理の香り付けに広く利用されています。

この果実は、英語では「Star anise(スターアニス)」と呼ばれます。アニスとは、地中海東部を原生とするセリ科のハーブ、アニスPimpinella anisum(ピンピネラ アニスム)のことです。トウシキミとアニスは全く異なる植物ですが、香りの主成分に共通点があるため、似たような香りを持っています。

また、八角はインフルエンザ治療薬「タミフル」の原料の一部としても知られています。

シキミ

私は、日本の照葉樹林の林床で、この「八角」によく似た果実を拾ったことがあります。上の写真は、シキミIllicium anisatum(イリシウム アニサツム)マツブサ科シキミ属の果実です。

シキミの果実と種子は、トウシキミの果実である「八角」と姿形がよく似ていて、外見だけで見分けられません。また、英語では「Japanese star anise」と呼ばれており、「八角」と似た呼称で紛らわしいものとなっています。

シキミ属の多くの種は有毒であり、食用にできるのはトウシキミ(Illicium verum)だけです。トウシキミは、シキミ属の世界でも極めて特異な存在といえるでしょう。おそらくトウシキミだけが、アニサチン類などの有毒成分をほとんど生成しない特殊な代謝機構を獲得したのでしょう。

トウシキミは香辛料や薬用として利用される有用な植物ですが、私が林で拾ったシキミの果実は極めて有毒です。

その果実は照葉樹林の林床に自然に落ちており、誰でも手に取れます。しかし、シキミの果実と種子は、植物の種子・果実としては唯一、「毒物及び劇物取締法」で「劇物」に指定されています。有用なものと、人にとっての劇物が、私たちの身近な自然の中に紛らわしい形で混在しています。

実際に、両者の取り違いによる死亡事故が過去に報告されています。そのため、正体の分からないものには、うかつに手を出さないことが大切です。

繰り返しますが、シキミは猛毒を持つ植物です。絶対に口にしたり、食用として利用したりしないでください。万が一触れた際は、清潔な水とせっけんでよく洗ってください。

上の写真は、花市場でクリスマスの飾りとして「スターアニス」の名で販売されていたものです。しかし、これが「Star anise(トウシキミ)」なのか、それとも「Japanese star anise(シキミ)」なのか、外見だけでは判別できませんでした。

紅毒茴の果実

上の写真は、中国南部の雲南省や貴州省などに原生する、紅毒茴(ホン ドゥー フイ)Illicium lanceolatum(イリシウム ランセオラタム)マツブサ科シキミ属の果実です。トウシキミと同じように星形の集合果ですが、各心皮(袋果)がトウシキミより多く、10個以上が確認できます。

アカバナシキミ

シキミ属の中には、このような美しい花色を付ける種(しゅ)もあります。アカバナシキミIllicium arborescens(イリシウム アルボレスケンス)マツブサ科シキミ属です。

アカバナシキミは台湾固有のシキミ属で、亜熱帯山地の照葉樹林内の、湿り気のある半日陰の環境に生育しています。

アカバナシキミの種形容語arborescensは、「樹状の」「樹木性の」という意味を持つラテン語です。この種を見れば、それが樹木であることは一目で分かりますが、低木状の種が多いシキミ属の中にあって、最大15mに達することを表した命名となっています。

次回は、シキミ属[後編]です。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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