東アジア植物記 加賀の海浜植物とイソスミレ[その3]

「野に咲く花の 名前は知らない だけど 野に咲く花が好き」

ザ・フォーク・クルセダーズが歌った『戦争は知らない』のワンフレーズです。

私も野に咲く花が好きです。実際に見たことのない植物でも、野に咲く花を見たらその名前が頭の中から湧いてきます

なぜなら、私は植物図鑑が愛読書だったからです。そのため、インターネットの時代になっても、植物図鑑はなくてはならないものだと思います。

生きるのが厳しい環境でも、適度な温度があり、日が当たり、水さえ得られれば、植物たちはあらゆる場所に生えています。

海辺という過酷な生育環境に原生するイソスミレを見るために訪れた加賀の海岸でしたが、実際に私を驚かせたのは、イソスミレ以上に海岸環境へ適応した別のスミレでした。

長年、まとまって生えているイソスミレを見たいと思っていました。はやる気持ちを抑えながら、歩いていると海岸に向かう砂丘にイソスミレとは異なる海岸性のスミレが咲いていました。

それぞれがちょうどよい距離を保ちながら花を咲かせている様子が、不思議でなりません。

アナマスミレ

上の写真のように、海辺の砂丘一面に咲く紫色のスミレは、アナマスミレViola mandshurica var. crassa(ビオラ マンドシュリカ バル クラッサ)スミレ科スミレ属です。イソスミレとは異なる形質を持ちながら海岸環境へ適応して生育しています。

属名のViolaは、スミレを意味するラテン語で、英語のviolet(青みが強い紫色)の由来にもなっています。種形容語のmandshuricaは「満州の」を意味し、変種名のcrassaは「肉厚なこと」を示すラテン語です。その名にふさわしく、肉厚な葉の形状を表しています。

アナマスミレは、アマナスミレとよく言い間違えられます。その方が呼びやすいのでしょう。

アナマスミレは日本の固有種で、北海道から本州の鳥取県以北の日本海沿岸を主な原生地としています。アナマスミレの和名と学名を付けたのは、神奈川県横浜市生まれで北海道大学に学び、後に同大学の教授となった植物学者、館脇操(たてわき みさお)氏です。

館脇博士彼は、北海道礼文島のアナマ岩付近で採取した個体をもとに、1934年にアナマスミレと命名しました。

スミレ

学名からもわかるように、アナマスミレはスミレ属の基準種であるスミレViola mandshurica(ビオラ マンドシュリカ)が海岸環境に適応した変種です。

アナマスミレも基本的には、スミレに似てはいます。しかし、海岸という環境の中で生きてきた結果、その姿には独特な変化が見られます。

上の写真で、スミレとアナマスミレの違いが分かるよう並べてみました。全体の大きさと葉の形状を比較しましょう。

アナマスミレの特徴は、以下のとおりです。

・海岸環境の乾燥や強い潮風等に適応して、草丈が低く、葉の先端が丸く小さいこと

・葉が厚く、内側に巻き込んでいること

・クチクラ被膜が発達している

・花被も全体として短く丸くなっていること

加賀海岸の個体群の花色は紫色で、唇弁の中央部が白くなっていました。

アナマスミレの特徴の一つに「クチクラ被膜が発達していること」を記しました。クチクラ被膜は、人間でいえば皮膚のようなもので、植物の地上部の表面を覆う保護膜です。

写真は、私がタラヨウという植物の葉を炭酸水素ナトリウム水溶液で処理し、クチクラ被膜だけにしたものです。それは、まるでビニールのようなものです。

光合成で得られた糖をもとに作られる、クチンなどの脂質系ポリマーの防水層で、その厚みは植物の生育環境や種によってさまざまです。乾燥や強風にさらされる海岸の植物ではこれが厚く発達し、水分の蒸散を防ぐとともに、外部からの塩分侵入を防ぐ役割を果たします。

アナマスミレ(左)とイソスミレ(右)

スミレ属種の仲間は世界に500種以上、日本には50種ほどが知られています。そして、その生育環境への適応や形態の違いから、大きく以下の四つのグループに分けられます。

1.無茎種グループ(茎が短く、茎がないように見える)

2.有茎種グループ(茎を伸ばし、葉や花を付ける)

3.黄スミレグループ(黄色の花を付ける)

4.スミレサイシングループ(地下茎をもつ)

加賀海岸には、無茎種グループのアナマスミレと、有茎種グループのイソスミレが並んで生育している場所もあります。

アナマスミレはイソスミレより海岸線に近く、風が強い場所や他の植物の生えない砂地に多く見られました。

無茎種グループに属するアナマスミレは、一生の間に根出葉だけを出し、草丈を伸ばしません。また、他の植物の陰になることを嫌います。

多くの植物が好む環境では、植物との競争に負けしまうのでしょう。だからこそ、あえて多くの植物が嫌う厳しい海岸環境に立ち向かい、生きるのだと思います。

塩を含み、絶えず動く砂の中で小さな花を咲かせるアナマスミレ、そのけなげでかわいらしい花をたくさん見ました。

加賀の海浜植物たち、ごちそうさまでした。

次回は、『気になる外来植物[その8]ヒメナズナとハゼリソウ』のお話です。お楽しみに。

『東アジア植物記』の連載終了およびアンケート実施のお知らせ

2014年から多くの皆さまに親しまれてきた連載『東アジア植物記』が、2026年11月24日公開予定の記事をもって最終回を迎えます。

 これまでのご愛読に感謝を込めて、読者アンケートを実施中です。

 連載のご感想や、小杉波留夫さんへのメッセージ・ご質問をぜひお寄せください。

※アンケートは11月30日(月)まで受け付けています。

 ※お寄せいただいたご感想やメッセージは、『東アジア植物記』最終回や今後の企画の参考にさせていただくほか、一部を『園芸通信』でご紹介する場合があります。

 最終回まで、ぜひ『東アジア植物記』をお楽しみください。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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