東アジア植物記 加賀の海浜植物とイソスミレ[その2]

イソスミレの日本最大級の群生地として、加賀の塩屋海岸が知られています。

日本海側の海岸では、たまに散在する程度に見かけることはありましたが、この加賀の海岸には健全な砂浜や砂丘があり、多くのイソスミレたちが幸せに暮らしているように感じました。

ハマハタザオ

2026年の夏。『加賀の海浜植物とイソスミレ[その1]』で紹介したカワラヨモギの枯れ枝は、砂丘の奥に行くにつれて次第にヤブのような景観を作ります。その合間には、ハマハタザオArabis stelleri var. japonicaアブラナ科ヤマハタザオ属が開花期を迎えています。

属名のArabisの語源を調べましたが、はっきりとしたことは分かりませんでした。アラビア半島のような乾燥した砂地や岩石地など、過酷な環境を好んで生育することから連想した名前ではないかとされています。

種形容語のstelleriとは、18世紀に極東ロシアやアラスカ周辺の動植物を調査・記録したドイツ人自然科学者ゲオルク・ヴィルヘルム・シュテラー(Georg Wilhelm Steller、1709~1746年)への献名です。そして変種名のjaponicaは、日本産という意味です。

Arabis属はユーラシア大陸に産する種(しゅ)を中心に50種以上を持ち、北半球の寒冷地や高山帯、沿岸地域の乾燥した環境に適応して生育しています。

ハマハタザオの原種はエゾハタザオ(Arabis stelleri)で、日本では本州北部から北海道に分布し、海外ではロシア極東地域やカムチャツカ半島などにも生育しています。

一方、変種のハマハタザオは、もう少し暖地寄りに生育地を広げ、日本を含む東アジアの海岸環境を中心に分布しています。

ハマハタザオは、さじ状の根出葉を放射状に広げ、開花期になると花茎を立ち上げ、草丈40cmほどになります。

海外の高山地域に生育するArabis属には、ピンク色や濃いローズ色の美しい花を咲かせ、茎をほとんど伸ばさないコンパクトな種もあります。そのような種の中には、山野草として園芸愛好家に人気が高いものもあります。

カワラヨモギがしっかりと掴んだ砂を頼りに、海岸線からかなり離れた場所にイソスミレたちの群落を見つけました。

イソスミレ

イソスミレViola grayiスミレ科スミレ属。

イソスミレは、コウボウムギやハマボウフウのように、独りで強風や砂の移動へ立ち向かうタイプではありません。砂浜や砂丘に生きる他の植物たちが、ある程度地盤を固定した砂地が生息条件なのだと思います。

イソスミレは、北海道から本州の日本海側および一部の太平洋側の海岸砂地などに分布する日本固有のスミレです。その生態を私の記憶と記録の中に留めておきたいと長く考えていた植物の一つです。

種形容語のgrayiとは、19世紀アメリカの著名な植物学者エイサ・グレイ(Asa Gray、1810~1888年)への献名です。しかし私は、この名前を見るたびに少し違和感がありました。

エイサ・グレイといえば、東アジア植物と北米東部植物の「隔離されたつながり(Gray‘s disjunction)」を説いたことで知られる人物です。その学者の名が、なぜ日本固有のイソスミレについているのか?と思っていました。

イソスミレの学名は、フランスの植物学者アドリアン・ルネ・フランシェ(Adrien René Franchet、1834~1900年)とその採集者ポール・ルドヴィック・サヴァティエ(Paul Ludovic Savatier、1830~1891年)が、エイサ・グレイの植物学への貢献を記念して名付けたものでした。

命名年は1878年。元号に直すと明治11年です。牧野富太郎氏は1862年生まれですから、当時はまだ16歳でした。当時の日本植物学は黎明(れいめい)期であり、日本固有の植物に学名を付けていたのは主として海外の植物学者でした。

つまり、日本の植物に見慣れない外国人の名が付いたのには、そのような時代背景によるものなのです。

イソスミレは、生えている場所によって同じ種とは思えない形態をとる植物です。

より過酷な環境では、枯れた茎葉さえも利用しながら、直径40cmほどの丸い座布団のようなドーム状の株を作ります。

それは強い潮風や動く砂、乾燥に対応した姿であり「イソスミレの、イソスミレとしての、イソスミレらしい姿だ」と感動しました。

イソスミレはその名に反して、磯には生えず砂浜にしか生えません。細かいことを言えば、そのような紛らわしい名前が付いた植物は世界にたくさんあります。ここは大目に見ることにしましょう。

生育地を探し回ると、イソスミレの中には、日本で最も普通に見られるスミレである、タチツボスミレ(Viola grypoceras)と区別が難しい株に出会うことがあります。

イソスミレの基本デザインは、明らかにタチツボスミレのそれです。同じグループのスミレから分化したのでしょう。

それらが砂浜や砂丘へ進出し、長い時間をかけてその環境に適応したのがイソスミレなのだと思います。

海岸の潮風と乾燥に耐える分厚く、つやのある葉の構造。そして、砂の移動を防ぐために枯れた茎葉をまとう姿は、イソスミレ独自の適応形質なのでしょう。

イソスミレを求めて訪ねた加賀の浜辺でしたが、意外にも私を最初に出迎えてくれたのは開花の最盛期を迎えていた別のスミレでした。

それはイソスミレとは違った姿をしていますが、見事に砂浜環境に適応したスミレです。その話は次回にご紹介します。

次回は、『加賀の海浜植物とイソスミレ[その3]』です。お楽しみに。

小杉 波留夫

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、「虹色スミレ」「よく咲くスミレ」「サンパチェンス」などの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを積極的に取り組む。定年退職後は、学校の先生に対する園芸指導や講演活動をしながら、日本家庭園芸普及協会の専門技術員として、自ら開発した「たねダンゴ」の普及活動などを行っている。
生来の「花好き」「植物好き」である著者は、東アジアに生息する植物の研究を楽しみに、植物の魅力を発信中。

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