小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
パンジーの来た道[その1]
2024/10/08
園芸通信編集部から、「『東アジア植物記』の連載が、今回で500回ですよ」と言われました。10年以上の歳月の中でこれらを書いてきたわけですが、長かったのか、短かったのかあまり実感はありません。
幼いころ、母親に連れられ春の摘み草をして以来、いつも植物に興味があり、好きでした。植物に携わり、種苗(しゅびょう)の仕事を定年まで勤めて、それ以降も植物に接しながら今に至り、古希の峠が目の前です。それなのに、見たこともない、名前も知らない、よく分からないことばかりです。それほど植物の世界は広く深いもの。おそらく人の一生のうちで見たり、聞いたり、知り得るものはわずかなのでしょう。それでも、植物は辛抱強く私たちが来ることを待ってくれている、私たちの友人なのです。植物の旅は、好奇心が続く限り尽きることがないように思います。
500回記念号は、私が最も好きな植物のお話です。今回は「パンジーが来た道」と題し、パンジーというお花がどのようにできたのかについて触れたいと思います。前回の「ケンポナシ」に続き、今回もロバート・フォーチュン著「幕末日本探訪記」の一節をご紹介します。
「実際日本人は、彼らがもっていないもので、有益と思われるものは何でも外国のものを採用して、傑作をつくる事は、いちじるしい日本人の特徴である。」(原文をそのまま引用)
彼は150年も前の外国人ですが、その見識、慧眼(けいがん)には驚くばかり。今回取り上げるパンジーも外来の植物ながら、日本がその傑作を作り、品種改良の先頭を歩んでいる植物の一つです。
パンジーは、スミレ科ビオラ属の改良種です。上の写真は、主に北アメリカ東部の砂地に生息するトリアシスミレViola pedata(ビオラ ペダータ)スミレ科ビオラ属ノスフィニウム節。ビオラ属は、主に北半球の温帯に分布しているのですが、交雑が多く、進化の途上にあると考えられています。この属は、オーストラリアやその周りの島々にも生息し、ハワイの固有種もあります。アンデスには、多肉植物のようなビオラ属があり、分布が広く多種多様です。世界のビオラ属の数は、文献によると400種とも600種以上ともいわれています。ビオラ属の多様性、その中心地の一つが東アジアであり、日本には、50~60種ともいわれるスミレが自生しています。
4月、神奈川県横浜市の国道脇に3種類のスミレが一緒に咲いていました。左からヒメスミレ、アリアケスミレ、ノジスミレです。これらの学名は『東アジア植物記 スミレ列島』で解説済みのためここでは割愛いたします。この珍しい同居の姿ですが、これらはスミレ属を細かく分けたミヤマスミレ節のグループに属します。
世界的に分布しているビオラ属は、その数600種以上もの大きな属で、多様であり、その形態的違いから、属の下に下位分類のセクション(節)を作り、理解されてきました。その数は、最大17節程度ともいわれています。
日本でもスミレ属は、市街地、林縁、亜高山、森陰などさまざまな環境に適応して種分化を遂げています。左上の写真は、本州の日本海側や亜高山帯に生息するオオバキスミレは、キスミレ節。右は、母種が北アメリカ東部に原生する日本産種のナガハシスミレは、タチツボスミレ節です。
河川の氾濫原をすみかとするスミレもあります。それは、東アジア北部に生息し、アシなどと背比べして1m程度に伸びる世界一背の高いタチスミレ、ニョイスミレ節です。
狭い日本といいながら、南北に長く、標高差あり、積雪地帯ありとさまざまな気候条件を持つ国土には、本当に多様なスミレ属が生息しています。左上の写真は、関東以西の太平洋岸山地の落葉・広葉樹の下などに生息するナガバノスミレサイシンで、スミレサイシン節です。関東以西の太平洋岸には、右上の写真のアオイスミレ、ニオイスミレ節などもあります。
冒頭からここまで、スミレ属の中からノスフィニウム節、ミヤマスミレ節、キスミレ節、タチツボスミレ節、ニョイスミレ節、スミレサイシン節、ニオイスミレ節を説明してきました。
上の写真は、日本を遠く離れたデンマークのフィヨルドにあるバルト海の岸辺です。ヨーロッパにも多くのスミレが原生していますが、この地域には日本に原生のない、メラニューム節というセクションに属するスミレがあります。上の写真では、ピンク色の海浜植物が確認できると思います。ちなみにこれは、ヨーロッパの海岸に生息する、アルメリア マリティマArmeria maritimaイソマツ科アルメリア属です。
デンマークにある都市オーデンセの畑を歩いていて、妙な雑草を見つけました。上の写真で、手前にもそもそと生えている草です。ビオラ アルベンシスViola arvensisスミレ科スミレ属。この植物は、ヨーロッパ、北アフリカなどに生息するスミレで、自然かく乱が起きた、畑地などの日当たりのよい場所に生えるためにarvensis(耕地、原野)という種形容語が付きました。マキバスミレという和名があります。
マキバスミレは、草丈30cm、幅60cmに広がり、ぼうぼうな草姿でした。花を取り上げたら、その姿は小さなパンジーのようで、日本で見てきたスミレたちとは違っていました。この種の分類を細かくいうと、ビオラ属メラニューム節というセクションですが、もっと分かりやすくいうとパンジー節に属します。私たちが大好きなパンジーは、日本に産する数々の節とは違う、このメラニューム=パンジー節といわれる仲間の交雑から生まれたのです。
次回は、ヨーロッパなどに生息するメラニューム=パンジー節の原種からどのようにパンジーが生まれたのかというお話です。お楽しみに。