淡く美しい花色で多くの人を魅了するパンジー「シエルブリエ」。
その生みの親、「花日和(はなびより)」代表の川上竜一さんは、いまや国内有数の個人育種家として知られる存在です。
1986年、埼玉で生まれ育った川上さんは、学生時代はゲームや漫画に夢中で、将来やりたい仕事をまだ見つけられずにいました。そんな日々を変えたのは、農業高校2年生のときに先生から手渡された「たった一鉢のハイビスカス」でした。

「花日和」代表の川上竜一さん
世話を続けるうちに、植物の奥深さに引きこまれ、気付けば漫画の代わりに園芸雑誌を読み、お小遣いで種や土を買い、自宅の一角で黙々と植物を育てるようになっていました。
「好きなものだからこそ学ぶことが苦ではなく、着想も豊かに膨らみます。今では仕事中もさまざまな分野の勉強ばかりしていますね」と川上さんはほほ笑みます。
淡い花色に思いを込め、花農家さんを“支える者”として歩んできた育種家の道。
その静かな情熱で、どのように「シエルブリエ」などの人気品種を生み出してきたのか…、その歩みを伺いました。
目次
運命を動かしたハイビスカス、育種家への第一歩
――川上さんの人生を動かした“植物との出会い”。その始まりはどんな出来事だったのでしょうか?
川上さん
中学生のころは、机に向かう勉強が嫌いで、普通科で勉強するよりも、手を動かしながら学べる環境に魅力を感じていました。そんな中で進路の候補に挙がった農業高校へ進学を決めました。
入学当初、植物に特別興味があったわけではないのですが、高校2年生のとき、先生からハイビスカスの鉢をもらったことが大きな転機となりました。栽培を続けるうちに植物への関心が深まり、その流れで挿し木という増やし方を知りました。「こんな増やし方があるんだ!」と、植物の奥深さに引かれていき、植物を増やすこと自体にも興味が広がっていきました。

このハイビスカスをきっかけに、当時はまだ高校生だったので、お小遣いをやりくりするために週刊の漫画雑誌を控えて園芸雑誌を買うようになり、お小遣いの中から種や土も買って、家の敷地内で植物を育てるようになりました。好きなものができると時間もお金も自然と向かっていくんですよね。
自分で作った苗を親戚のおばさんが経営する美容室の店先で販売してもらうこともありました。高校を卒業したらすぐにでも花農家さんのところに就職したかったのですが、残念ながら当時は受け入れ先が見つからず、農業大学校に進学して学び続ける道を選びました。
――「一鉢のハイビスカス」が人生を動かしたあと、どんな経験が川上さんを育種へと導いたのでしょうか?
川上さん
農業大学校では2年間、鉢物を専攻しました。新卒で花関係の企業に就職したのですが、働き方や自分の進む方向を考えて、退職しました。その後は物流倉庫で2年間働きながら新規就農を目指して準備を進めたのですが、農地の貸し手がなかなか見つからず、やむなく計画を見送ることになりました。
そんなとき、親友から『花屋の店員さんが向いているんじゃない?』と言われて、その言葉に励まされるように生花店に就職しました。ここでの2年間、続く園芸店での2年半は、仕入れや店頭管理など花とお客様に向き合う経験を着実に重ねる日々でした。
その園芸店が閉店することになって、もともと考えていた「いつかは花農家になりたい」という思いがぐっと強くなり、これを機に就農することを決めました。
パンジー「シエルブリエ」の誕生へ、育種家としての道が定まったとき
――念願の就農を果たし、パンジー・ビオラの育種へ踏み出したきっかけは何だったのでしょうか?
川上さん
2013年は市販の種を使って一人で苗作りをしていたので、1シーズンに出荷できるのは3万株が精いっぱいでした。当時、花市場への出荷は1ポット60円ほどで、手数料などを差し引くと1シーズンの売り上げは150万円ほどでした。それで生活していくには厳しく、「何とかしないと!」という思いがありました。

そこで、一つのポットに3色を植え込んでオリジナルのラベルを付け、1ポット120円で販売してみました。「120円で3色入りのキンギョソウやガザニア」という、お得感があったことからとても反応がよかったですね。
ところが、この3色植えも、次第に似たような商品が出てくるようになり、独自商品としての魅力が薄れてしまいました。そのころから「自分にしか作れないものを届けたい」という思いが強くなり、それが育種を始めた大きなきっかけですね。就農して3年目、2016年ごろのことでした。
――上質なフリルと淡い花色が魅力の「シエルブリエ」。その誕生秘話を教えてください。
川上さん
最初に育種に取り組んだのは、実はキンギョソウの「フォレストマリアージュ」という品種でした。それと並行して、パンジー・ビオラの育種にも取り組み、品種の幅を広げていきました。

パンジー「シエルブリエ」 写真提供:花日和
パンジーで初めて名前を付けたオリジナル品種が、2018年の「シエルブリエ」です。当時はまだ今のようにしっかりとフリルが入っていたわけではなく、「アンティーク調にしようか、どうしようか…」と方向性を探っている段階でした。その名残で、ラベルは今もアンティークデザインのままなんです。
その後、販売の反応を見ながら改良を重ね、4年ほどかけて今の「シエルブリエ」の姿にたどり着きました。今では「花日和」の代表シリーズになっていて、私にとっても思い入れの強い品種です。

今のパンジー「シエルブリエ」は上質なフリルと色幅があるユニークな花色が特徴。写真は「シエルブリエ イエロー」
――当時、川上さんが思い描いていた“育種の方向性”はどのようなものだったのでしょうか?
川上さん
当時は、生活を安定させるために「春と秋の両方でしっかり売り上げを立てていくこと」が大事だと考えていました。そんな時期に、見ていたアニメの中に出てきた「王道の邪道を行く」という言葉が心に残ったんです。
それは「王道から外れる」のではなく「花業界の需要を理解した上で、自分らしい新しい挑戦をすること」と受け取って、育種の方向性を考えるヒントにしました。

そこで「花の苗の王道は何だろう?」と考えたときに、代表格として思い浮かんだのがペチュニアやパンジー・ビオラでした。その中でも、例えば、ペチュニアなら挿し芽などで増やして苗を作る「栄養系」の分野に目を向けると、需要の大きな市場の中で独自性を追求できるのではないかと思いました。
――花業界で“育種家としての道”を信じて進むきっかけも、実はゲームだったとか。そのエピソードを聞かせてください。
川上さん
私にとって、ゲームや漫画は、育種目標にヒントをくれる大事な存在です。自分が花に携わる立ち位置をどう築いていくかを考えたときに、ゲームの世界観がふと、腑(ふ)に落ちたことがありました。

ゲームでは、強い勇者ばかりではパーティーが成り立ちません。回復役やサポート役といった、それぞれの役割がそろってこそチームになるし、そのポジションに空きがあれば、自分がまだ強くなくても仲間に加われます。そこで経験を積めば、自然と強くなっていくんですよね。
その考え方を自分に落とし込んだときに、自分は勇者である花苗の農家さんを支える役に回ろうと思いました。だから私は、花作りに必要な「武器」を渡す、武器屋のポジションの育種家を選びました。

川上さんの代表品種パンジー「シエルブリエ」。中でも一番人気の「ブルー」
自分が育種家という武器屋を続けていなかったら、花日和の品種を生産してくれる花農家さんとチームを組めなかったと思っています。今の立ち位置だからこそ花農家さんと共に歩めました。
好きなことが導いてくれた「学ぶ意味」への気付き
――学生時代からの“好きなこと”が今のお仕事にもつながっているのですね。どんな子ども時代を過ごされていたのですか?
川上さん
私は、どちらかというと自由にのびのび育ててもらったタイプで、家でも自分の“好き”を大切にしてもらっていました。ただ、大人になってからは、好きなことに関係する勉強ならどんどん吸収できるようになりましたね。今では「昔は苦手だった歴史も学ぶことが多くて、面白くて仕方がない」と感じるくらいです。笑
――大人になってから“学ぶ意味”が変わったのは、どんな理由があったのでしょう?
川上さん
仕事とつながる勉強は好きなんです。だから大人になってからは、夢中になって勉強しました。農作業は同じことの繰り返しで、頭と耳が空く時間が多いので、夫婦で作業していたころは1日8時間以上、YouTubeやオーディオブックを聞き流しながら作業していました。学ぶ分野は、歴史や政治、行動経済学など育種や経営に生かせそうなものばかりでしたね。今は、人を雇い、指示を出す仕事も増えたので以前ほど聞けなくなりましたが、気になる分野の勉強は今も続けています。
子どものころは「これが何の役に立つんだろう?」と思うことも多かったのですが、振り返ってみると、学んでおくことで将来の選択肢が広がるんですよね。例えば、お医者さんは農家になれますが、農家がお医者さんになるには、改めて学び直しが必要です。そう考えると、早いうちに「勉強する意味」に気が付けるといいと思います。私の子どもにも「勉強しなさい」とは言わず、自分で気付けるように促すくらいのスタンスで育てていけたらと思います。
――奥さまは、どのような形で川上さんのお仕事に関わっていらっしゃるのですか?
川上さん
奥さんは就農2年目から支えてくれていて、「花日和」には欠かせない存在です。園芸店時代の同僚で、実家が農家だったので仕事への理解も深く、とても心強かったですね。

写真提供:花日和
今はラベルデザインをほぼ奥さんが担当しています。品種名は私が最終決定しますが、「この花はどんな雰囲気?」「どんな言葉が合う?」と2人で相談しながら決めています。長すぎる名前だと使いにくいので「言いやすくて、意味がある名前」を意識しています。
屋号の「花日和」も「いろいろな人に覚えてもらいたい」という気持ちから、ご年配の方にも親しみやすい3文字にしました。園芸店に勤めていた当時、個人的にやっていたブログでも使っていた名前で、今も大切に使い続けています。少しおしゃれに見えるかな?と思ったので、ローマ字表記も併用しています(笑)。
多くの人に届けるために「花日和」が目指すこと
――多くの方を魅了する「花日和」の花色。そのセンスはどこで育まれたのでしょうか?
川上さん
園芸店で働いていた期間が長かったので、お客様が好む色か、感覚として身に付いたのだと思います。あとは自分の好みですね。選抜を重ねていくと、どうしても暗い色より淡い色・やわらかい色に目がいきます。

パンジー「シエルブリエ」は何といっても色合いが魅力。「また来年もお迎えします」との声も多く寄せられるとのこと。写真は「シエルブリエ ピンク」
花の世界は、新しいものが次々に生まれる業界です。飽きられないためにも、新しいものを作り続けていかないといけないと思っています。
――新しい品種を生み続ける上で、プレッシャーを感じることはありますか?
川上さん
プレッシャーはありますね。でも、新しいものを届けるとお客様にとても喜んでいただけるんです。それを見ると「やっぱり作り続けないと」と思えます。

出荷を目前に控えたパンジー「シエルブリエ」 写真提供:花日和
育種を続けるうちに「喜びの質」×「喜んでくれる人数」=「自分の報酬」、この対価を得ることで大切な人、さらに「多くの人を喜ばせる」という構図が自分の中で確立しました。だから、自分の好みも大切ですが「多くの人に好きになってもらえる花色」を優先して選ぶようにしています。そうすると喜んでくれる人もおのずと増えますからね。

川上さんの経営理念は「花を通じて感謝と喜びが循環する、こころ豊かな世界の実現に貢献する」
――近年は、どんな育種目標を大切にされているのでしょうか?
川上さん
「個人育種家の品種は、花がとてもきれいだけど性質が…」と言われることもあるので「花色や形だけでなく、花農家の皆さんが育てやすい品種」を両立できることを意識しています。

花色と生産性を兼ね持つ「シエルブリエ」 写真提供:花日和
自分の品種でも、少し生産しづらいと感じるものは、花農家の皆さんも同じで、どうしたって年々栽培量が減ってしまいます。逆に生産性が高い品種であれば、長く作っていただけます。だからこそ、「生産性」は欠かせないポイントですね。
また、種を自分一人で販売・管理するのは限界があって…。最近は、地元・埼玉県の種苗店さんに協力いただいて各地の花農家さんにも種を販売できるようになりました。こうした心強い仲間のサポートのおかげで、私自身は以前よりも育種に集中することができています。
育てやすさと美しさを備えた「シエルブリエ」の魅力
――「育てやすい品種」を見極める際、特に大切にしているポイントは何でしょうか?

選抜し終わった株を並べる様子 写真提供:花日和
川上さん
まずは「株のよさ」を見ます。「育てやすさ」=「株がしっかり作れること」なので、株を確認してから、次に花を見て、そこから自分の好きな花・売れそうな花を選びます。
この選抜作業が、本当に時間がかかるんです。すべての株をよく観察して、1000株ある中から10株を選ぶような作業です。どれを残すか、どれを外すか…向き合う時間は長いですね。

3月はパンジー・ビオラ育種家の繁忙期。選抜した株からの種採りに追われる日々です 写真提供:花日和
「花はよいけれど分枝が悪い」というケースも多いです。もちろん、株がよくなくても気になる花はあります。ただ、そういう株では商品化しません。また同じ花から種を採って、その中から「株がよいもの」を選びます。株が弱いものを選んでしまうと、商品化にどうしても時間がかかってしまうんです。

選抜落ちした株。川上さんは選抜しながら「改めて見ると残したくなってしまうものもあるけど、育種は決断力が大事」と思うそうです 写真提供:花日和
――川上さんが考えるパンジー・ビオラの「よい株」とは、どんな姿なのでしょうか?
川上さん
お客様に育てやすい株ですね。その違いをちゃんと見比べられるように、パンジー・ビオラの栽培ではわい化剤を使いますが、私が育てるときは極力少なくして育てています。その上で“できるだけ自然に近い状態”にして、本来の株の違いが見えるようにします。
そうすることで、本来の生育の差が自然と出てきて「ああ、これは売れる株だな」と見極められるんです。

パンジー「シエルブリエ オレンジ&レッド」
――「花日和」で一番人気のパンジー「シエルブリエ」。その魅力はどんなところにあるのでしょうか?
川上さん
「シエルブリエ」は、個人育種家の品種の中でも早い時期から流通が始まる早生タイプです。暑さが残る10月上旬でも株が乱れにくく、きれいな姿で育てられることが大きな特徴ですね。パンジーの需要が高まる季節に合わせて花農家さんが作りやすく、お店に並んでいるときも、ご家庭でも扱いやすい品種だと思います。

パンジー「シエルブリエ ブルー」
花色は寒くなると淡く、気温が上がると濃く変化します。花農家さんによっても色の出方に少し違いがありますが、それは肥料との相性も関係していると感じています。そんな色幅の豊かさも魅力の一つで、「シエルブリエ」のブルー系は私の品種の中でも特に人気がありますね。
パンジー「シエルブリエ」を長く楽しむための栽培のコツ
――「シエルブリエ」のようなフリンジ系のパンジー・ビオラを育てる上で、特に気を付けるべきポイントはありますか?

写真提供:花日和
川上さん
パンジー・ビオラは次々と花を咲かせるので、その分の栄養を必要とします。そのため、こまめに肥料を施すのがおすすめです。インスタグラム(写真投稿サイト)でも、肥料切れで花色や葉色がさえない写真をよく見かけますね。
肥料を切らさないことはもちろんですが、微量要素が入った肥料のほうが、花色がきれいに出やすいです。また、液肥を株元にだけあげる方が多いのですが、上からかけても大丈夫です。葉にかかるように施すと葉面からも吸収されるので効果的です。葉に元気がないときは、ぜひ葉にもかかるように液肥を含んだ水やりをしてみてください。
川上さん直伝!「シエルブリエ」をもっと楽しむワンポイント
――「シエルブリエ」のフリルを生かすなら、寄せ植えにはどんな花材が合いますか?

写真提供:花日和
川上さん
どんな花材でも、お好みで自由に合わせていただけます。上の写真のように立体的に仕立てて楽しむのも、おすすめの方法です。枝物やグリーン、小花との相性がとてもよいですね。
――川上さんのSNSで花手水(はなちょうず)の動画が印象的でした。

写真提供:花日和
川上さん
花摘みしたパンジーを使って花手水を作ったので、あの動画を投稿しました。撮影したのは10月だったのですが、この時期にパンジー・ビオラでこんなにもぜいたくな花手水を楽しめるのは、花農家ならではの特権だなと感じました。
もちろん、ご家庭ではここまで大量には難しいと思いますが、花盛りの時期に摘んだ花で、小さな花手水を楽しんでいただくことはできますよ。

写真提供:花日和
これは花手水から延長した遊びになりますが、摘んだ花をバケツに並べておいたところ、その夜に冷えて水が凍り、翌朝にはオブジェのように仕上がっていました。その姿がとてもきれいで、「これは観賞する価値がある!」と思い、思わず撮影してしまいましたね。
『園芸通信』読者へのメッセージ

川上さん
私の品種は、どれも育てやすさにこだわって育種しています。花色も多彩なので、ご自分のお気に入りのカラーを見つけてもらえたらうれしいです。例えば、青系一つとっても色幅があり、環境によって花色が変わることも楽しめると思います。気温が高い時期は濃く、寒い時期は淡くなるので、その変化も楽しんでみてください。
株は春になるとぐっと大きくなりますし、耐寒性も一般的なパンジー・ビオラと変わりません。寒い時期でもしっかり花を咲かせてくれるので、ぜひ長く楽しんで育てていただければと思います。
文:園芸通信編集部 写真:園芸通信編集部、花日和(一部提供)
淡い花色と確かな育てやすさ。その両方を備えた「花日和」の川上さんが育種するパンジー・ビオラは、日々の暮らしにそっと彩りを添えてくれます。
今回ご紹介した、パンジー「シエルブリエ」をはじめとした花苗は、サカタのタネ オンラインショップでもお求めいただけます。ぜひお庭やベランダで、そのやさしい色合いをお楽しみください。
家庭菜園・園芸用品なら「サカタのタネ」
家庭菜園・園芸用品の「サカタのタネ」では、種子・苗・球根をはじめ、肥料・除草剤・園芸資材などを幅広く提供しています。
110年以上の歴史を持つ種苗メーカーで、研究開発型の品種育成に加えて、一般家庭向けの園芸商品も多数展開。オンラインショップや全国の園芸店を通じて、趣味の園芸からプロの営利栽培まで安心して使える用品を取りそろえています。
これから家庭菜園やガーデニングを始めたい方はもちろん、長年生産者として営まれてきた方にも満足いただけますので、ぜひご利用ください。
