個人育種家ストーリーズ ビオラ育種の先駆者「ビオラワールド」江原伸さん~40年の探究が生んだ色と香り~

パンジーやビオラの世界では近年、個人育種家による魅力的な品種が数多く登場し、注目を集めています。

その中で「ビオラワールド」の江原伸さんは、40年以上も前からビオラに魅了され、当時としてはまだ珍しかった“個人によるビオラの育種”にいち早く取り組んできました。流行や評価が定まる以前からビオラと向き合い、試行錯誤されてきた江原さんは、まさに「ビオラ育種」を切り開いてきた存在ともいえるでしょう。

今回は、江原さんの育種の原点や大切にしてきた考え方、そして現場で誕生したエピソードを交えながら、その魅力をご紹介します。

個性的な色合いが魅力の江原ビオラ

個性的な色合いが魅力の江原ビオラ 写真提供:サカタのタネ 

育種の原点との出会い

今から約50年前。大学で生物学を専攻していた江原さんの学生時代には、ビオラ・パンジーはすでに春花壇の定番となっていました。

もちろん江原さんは、ビオラ・パンジーが好きで、毎年さまざまな品種を育てていました。しかし、当時の品種は、花色や花形がそろったものが主流で、まるで花壇を塗り分ける「絵の具」のような感覚で栽培していたといいます。

そんなある年、他の品種よりずっと遅れて「バンビーノ」という品種が咲き始めました。その1輪ごとに表情が異なる、個性豊かな花姿が何とも新鮮な出会いだったといいます。その「不ぞろいで個性的な花」に江原さんはすっかり心を奪われてしまったそうです。

同じころ、趣味で育てていたジャーマンアイリスの世界でも、育種が急速に進み品種が生み出されていく様子を目の当たりにし、刺激を受けたと語ります。

「開花までに数年かかるジャーマンアイリスが短期間にここまで進化するのだから、数カ月で開花するビオラはもっと早く新しいものを創り出せるかもしれない」

その時に感じた驚きと高揚感が、やがて江原さんの40年以上続く育種の道を決定付けることになりました。

写真提供:ビオラワールド

「江原流」育種スタイルとは~個性を引き出す育て方~

江原さんが選んだ育種スタイルは、花を均一な性質にそろえることよりも、一つ一つの株が持つ個性を尊重するものでした。

既存品種の魅力を生かしながら、さまざまな花色や表情を楽しむ――、それが江原さんの思い描く“個性を引き出す個体づくり”という考え方です。

最初の交配に選んだのは原種ではありませんでした。「バンビーノ」「キューティ」「プリティ」「ブルーパーフェクション」「ホワイトパーフェクション」「イエローパーフェクション」「マロンピコティ」「ローズピコティ」「スマイルシリーズ」「20世紀シリーズ」「インペリアルシリーズ」「シャロンミックス」など、一般に流通している、豊かな色・花形を持つ品種を、幅広く育種に用いたそうです。

こうして生まれたビオラたちは「花色の幅」「花形の表情」ときには「予想を超えた組み合わせ」が豊かに育まれていきました。その積み重ねが、現在の江原さんのビオラ――、「ビオラワールド」の品種へと確かにつながっていったのです。

写真提供:ビオラワールド

一般的な育種では、遺伝的にそろった系統をつくり、安定した品種へ仕上げますが、江原さんは「多様性があるからこそ新しい個性が生まれる」と考えました。交配した株をあえて系統立てず、咲いてきた花一つ一つと向かい合いながら育て続けます。その先にある、“個人育種家だからこそ発掘できる世界”を丁寧に探求し続けています。

「雑種集団だからこそ、生まれてくる花がある」

この言葉こそが、江原さんが育種において貫いてきた、変わることのない“原点”です。

色へのこだわり ~300色を超える世界へ~

江原さんのビオラといえば、何といっても豊かな花色と多彩な花形です。その基盤にあるのは、ビオラに色彩豊かなパンジーを掛け合わせるという、幅の広い交配の積み重ねでした。

育種を始めた当初、江原さんはまず、パステル系の優しい色合いから開発をスタートしたといいます。柔らかな彩りの中で、わずかな違いを見極めながら育種を続け、少しずつ色の幅を広げていきました。

現在は、交配よりも選抜に重きを置き、花色だけでなく、株のコンパクトさ、花付きのよさ、株全体のコンディションを丁寧に見極めています。

花色選びについて伺うと、「育種家の性(さが)でしょうか。やはり、新しい色や配色にこだわってしまう傾向から抜け切ることはできません」と話してくださいました。

実際に、黒や茶色、ベージュ系、灰色がかった色合い、斑入りなど、微妙な色合いを持つ花色も数多く手掛けています。

一方で、それが行き過ぎないよう育種の軸として大切にしているのが、「子どもが見て、きれいだと思える花」であることだそうです。花色の選抜は、長年の経験によって培われた勘と、深い知識に裏打ちされています。

微妙な違いを楽しむ育種、理想の青色を求めて

例えば、従来の青色のビオラは、パンジーに比べて花弁が薄いため、開花直後は美しく見えても、咲き進むにつれて紫がかってしまうことが多く、安定した青の発色は難しいと感じていたそうです。

ところが、黄色地に青色の覆輪(ふくりん、花弁の縁の色)を持つ花では青色が維持されやすいことから、黄色の色素であるカロテノイドが、紫がかるのを阻止することが分かってきました。こうした試行錯誤を経て、理想とする青色にかなり近づいてきているそうです。

黄色のビオラでは、分析していないのでただの勘ですが、主にカロテノイドの種類と分量によってごく淡いクリーム色から濃黄色、オレンジまで発色します。そして、覆輪、濃淡や斑の入り方で花色に変化をつけてくれています。

そのほかにも、ブロッチはあくまでアクセントとして小さなものだけを選抜したり、ピンク色では交配によってニュアンスカラーを含む多彩な花色が生まれたりと、花色選びは多岐にわたります。

花本来の色の印象を損なわないために、花弁の筋をできるだけなくした方がよい、といった考えも大切にしているそうです。

こうした繊細な違いを一つ一つ拾い上げ、現在では 300色以上の花色のバリエーションが生まれています。

香りの世界へ~五感に響くビオラ~

色のわずかな違いを見極めるため、長年、視覚を頼りに育種を続けてきた江原さん。ある時ふと「もし目が見えなくなったら…」という不安がよぎったといいます。

その思いがきっかけとなり、江原さんのビオラのもう一つの魅力である “香り” に焦点を当てた育種も進めることとなりました。

実はビオラには本来、よい香りの品種があるにも関わらず、あまり知られていません。

「香りは、色や形に負けない大きな魅力」

そう考えた江原さんは、花色や花形だけでなく、香りのよい株を毎年欠かさずに選び続けてきました。香りのある品種が咲き始めると、ハウスの中はもちろん、外にまで、甘くて優しい香りがあふれます。

その名のとおり!「ビオラワールド」

ビオラが咲きそろう時期、江原さんのハウスには、色彩と香りが一面に広がり、まるで別世界に迷い込んだかのような光景が生まれます。思わず一つ一つ手に取って眺めたくなるほど、どの花にも個性的な魅力があります。

江原さんの育種の哲学は、「欠点ではなく “埋もれた長所” を見つけて伸ばすこと」です。その姿勢こそが、唯一無二の花を生み出し続ける源になっています。

今年はどんな色と香りのビオラに出会えるのだろう。そんな「ドキドキ」と「わくわく」が、江原さんのビオラには詰まっています。

江原さんがつくり出す「ビオラワールド」。その奥深い世界観に触れてみてはいかがでしょうか。

文・編集:園芸通信編集部 写真:園芸通信編集部、ビオラワールド一部提供

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