小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
カルストの大地[その6 最終回] ヒキヨモギと半寄生
2016/11/29
インターネットの時代になり、いろいろなことを調べるのに便利な世の中になりましたが、植物の場合、その植物の名前やその仲間の特徴を知らないと植物の名前にたどり着くことができません。その点でいえば文献や図鑑はつれづれに眺めるだけで、植物の形や名前が頭のどこかに染み込んでいくのだと思います。初めて見る植物でも図鑑での既視体験があると、不思議と名前が出てくるものです。
平尾台の草むらを歩いていると、ヨモギのようで妙な花を付ける植物に出合いました。初めて見る草でしたが、ヒキヨモギの名前が自然と頭に浮かびました。どこかで見た図鑑の絵が潜在意識の中にあったのです。
その植物は花が咲いていないとヨモギにしか見えません。ヨモギはキク科の風媒花ですからこのような花を付けません。ヒキヨモギSiphonostegia chinensis(シホノステギア シネンシス)ハマウツボ科ヒキヨモギ属。種形容語のchinensisは中国を表し、中国をはじめとする東アジアの広範囲に自生します。日本での分布は広いのですが、平尾台に生える多くの植物同様に、全国で絶滅が危惧される希少種の一つです。
ヒキヨモギの花の大きさは1cm程度と小さいのでよく見えませんが、上唇弁は内側に巻き込み、先端が茶色に色づき外側に長く白い毛が生えます。この毛にどのような役割があるのでしょうか。下唇弁は、三つに分かれて広がり、長いめしべがのぞいています。
今までゴマノハグサ科に分類されていた多くの植物は、新しいAPG体系によって大きく分類が変わりしました。そしてゴマノハグサ科であったヒキヨモギ属は、ハマウツボ科に移されたのです。この科の植物は、特定の植物に寄生、もしくは半寄生をする植物として知られています。
ヒキヨモギは葉緑素をもっているので自ら光合成するはずですが、イネ科植物などの根に自分の根を差し込んで光合成でできた糖分などの合成物を横取りします。それはどのように行われているのでしょうか。
近年、地中海沿岸を原生地とする寄生植物が身近な公園などの草地にばっこしているのをご存じでしょうか。ヤセウツボOrobanche minor(オロバンキ ミノール)ハマウツボ科ハマウツボ属。種形容語のminorとは、より小さい様を表しますが、どれと比較して小さいのか真意は分かりません。
日本では外来の要注意植物として定着しています。葉緑素を持たず、マメ科シャジクソウ属などに寄生して群生します。これなら引っこ抜いて様子を調べても問題ないでしょう。
ヤセウツボは基部が膨らんでいています。ヤセウツボのウツボはここを空穂(矢を収める鞘)に見立てています。褐色の根がヤセウツボの根、白根がアカツメクサの根です。アカツメクサは根を広く張り、土壌から水分や養分を吸収して光合成を行う独立栄養の植物です。
ヤセウツボは根をあまり張らず、わずかな根をアカツメクサの根の内部に侵入させていました。ヤセウツボは水分や光合成でできた栄養分などを横取りして生きるのです。このヤセウツボは生活のほとんどを地下でぬくぬくしているのですが、子孫を残すときだけ地上に顔を出すのです。
ヒキヨモギが生えている近くには、ヤセウツボと同じようにススキ類などに寄生するナンバンキセルがピンク色の花を咲かせていました。
ナンバンギセルAeginetia indica(アエギネティア インディカ)ハマウツボ科ナンバンキセル属は、ヤセウツボと同じように葉緑素を持たず、すべての栄養を宿主に依存します。種形容語のindicaはインドを表し、日本を含む東アジアから東南アジアに生えることを意味します。
ナンバンギセルは夏にかわいらしいローズとホワイトのツートンカラー花を付けます。ご覧のように光合成をする葉緑体を持たないため自活はできません。収入のほとんどはススキ類などに依存します。根もヤセウツボ状です。
ヒキヨモギは半寄生といわれ、健気にも自分でも自活することができます。ヤセウツボなどの完全なパラサイト植物と比較すると、より共感が持てる生き方です。それは自宅から仕事場に通う子どもたちにも似ています。住居費、光熱費などを親に依存していながらも、お小遣いなど他の必要経費は自分たちで賄う現代の子どもたちに似ています。
ここまで6回にわたりカルストの大地を見てきましたが、今回で終了です。ここではハマウツボ科の寄生植物、半寄生植物の話をしましたので、今後もう少しこの科の植物を見ていこうと思います。
次回は「ハマウツボ科の植物」を取り上げる予定です。お楽しみに。