小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
小さな苧環(オダマキ) ヒメウズ
2019/05/21
春の野にはいろいろな花が咲いています。忙しい毎日を送っていると、花が咲いていることにも気が付かないことがあります。まして、車に乗っていると小さな花は目に留まることはありません。春の野山にいでて季節を楽しんでみると、身近なところにも小さな春が隠れていることに気が付きます。今回はヒメウズという、小さな小さなオダマキのお話です。
ヒメウズは、Semiaquilegia(セミアクイレギア)キンポウゲ科ヒメウズ属という単独の属として認識されてきました。しかし、この種を見ていると、どう考えてもオダマキ属にしか見えません。
ヒメウズを語る前に、まずオダマキ属についての知見です。オダマキは、キンポウゲ科オダマキ Aquilegia (アクイレギア)属、日本にはオダマキと名が付く種はミヤマオダマキ、ヤマオダマキの2種が原生すると記されています。
Aquilegiaという属名には、いろいろな語源説があります。幾つかの説明のうち、オダマキの花にある距(きょ)がラテン語の「aquila(鷲)」の爪に似ているからというのが最も説得力があります。漢字ではオダマキを苧環と書きます。それは、イラクサ科のカラムシ(苧)から取る糸を巻き付ける糸巻き車が、オダマキの距を特徴とする花姿に似ているからです。カラムシの繊維を巻き取った固まりが苧環です。
オダマキ属の花は独特です。ヤマオダマキで花の基本構造についてお話しします。一番外側にあり、えんじ色で幅広ながく片が5枚あります。内側にある筒状で黄色い色をしたのが花弁で同じく5枚です。
花弁の基部は距となってがくの隙間から長く伸び、管状で内側へ湾曲しその先端は丸く球状となります。アクイレギアの距は虫や鳥に花粉を運んでもらうために蜜をためる器官となっています。オダマキのことを英語でcolumbineといいます。それはラテン語で鳩という意味です。なるほど鳩が5羽いるようにも見えなくもありません。
アクイレギア属の葉は根出葉で二回三出複葉です。葉は冬に枯れ休眠して春に芽を出し開花することを繰り返す宿根性です。しかし、短命な宿根草ですので実生による株の更新は欠かせません。
さて、やっとヒメウズのお話です。
ヒメウズSemiaquilegia adoxoides (セミアクイレギア アドキオイデス)キンポウゲ科ヒメウズ属。属名のSemiaquilegia は、Aquilegiaに準ずるという意味で、種形容語のadoxoidesとは、Adoxa (レンプクソウ)属に+oides(似ている)という合成語です。和名のヒメウズとは、小さな鳥兜(トリカブト)という意味を持ちますが、トリカブト属とは類縁関係はかなり遠いのです。
ヒメウズは、中国、朝鮮半島、日本に分布し東アジアに固有の種です。春3~5月に山地の谷筋、里山や雑木林の縁など湿り気がある半日陰の地を好み原生します。山地だけでなく意外と人臭い場所に生え身近にあるのですが、その小ささ(花径5mmほど)から咲いているのに気が付かない場合が多いのです。
改めてよく眺めると、ヒメウズは小さいだけでオダマキの仲間にしか見えません。花被に距がないだけです。ヒメウズは距がないということでSemiaquilegia属という単独の属に分類されてきました。
中国の中部山岳地帯の標高1800~3500mには、フウリンオダマキAquilegia ecalcarata(アクイレギア エカルカラータ)という種が自生しています。
フウリンオダマキは、距の発達が適当で、距があったりなかったりする種なのです。フウリンオダマキがオダマキAquilegia属ならヒメウズがオダマキ属でない理由が見当たりません。
ヒメウズの花を拡大してみました。距がないというのですが、距は未発達ながらありました。あまりに小さいので見過ごしてきたのだと思います。最近ではヒメウズをSemiaquilegiaではなくオダマキAquilegia属として認める見解や記述が増えてきたのはよかったと思います。しかし、春の野にはなぜヒメウズのような白く小さな花が多いのでしょうか?また、分からないことが増えてしまった気がします。
次回は「旅立ち イカリソウ属」です。お楽しみに。