小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
イワウチワ属とイワカガミ属
2022/06/21
この「東アジア植物記」では、東アジアの植物と北米東部の植物が極めて似ていること。その両地域にだけ、遺存分布している植物が数多くあることを何度も書いてきました。イワウチワ属という植物について調べているうちに、アメリカ植物学の父と呼ばれるAsa Gray(エイサ・グレイ、1810~1888)のことを知りました。
Asa Gray(エイサ・グレイ)は、カヤ(榧)Torreya nuciferaという樹木の学名に名を残すアメリカの植物学者John Torrey(ジョン・トーリー)の弟子でした。彼は植物学的な知見から、北アメリカ東部の植物と、私たち東アジアの植物との間に、驚くべき形態的類以性があることを説明しました。それは、Asa Gray Disjunction(エイサ・グレイの連結と分離)という論文です。
イワウチワ(岩団扇)Shortia uniflora(ショーティア ユニフローラ)イワウメ科イワウチワ属。属名のShortiaとは、エイサ・グレイとジョン・トーリーが北米のイワウチワ属Shortia galacifoliaに学名を付ける際に、ケンタッキー州の植物学者Charles W. Short(チャールズ・ウィルキンス・ショート)に、この属名を献名したことによります。
イワウチワ属は、東アジアに3種、北米の東部に1種が原生しています。この属でも、東アジアの植物と北米東部の形態的類以性、不思議な縁をうかがうことができます。
イワウチワShortia unifloraは、日本の固有種であり、東北地方から中国地方の山地に原生します。種形容語のunifloraは、1つの花茎に1つの花を付けるという意味です。生育環境は、広葉樹の林、川沿いや渓谷などの斜面です。この植物は、落ち葉の多い傾斜地の半日陰を好みます。
イワウチワの和名は、葉が丸く団扇(うちわ)状であることによります。この植物は、春の雪解けの後に開花します。花色は薄いピンク色、花の大きさは3cm程度あります。花弁は基部でつながっていて中ほどから5つに分かれ、花弁の先がギザギザになっています。
イワウチワに似ているのが、同じイワウメ科のイワカガミです。イワカガミSchizocodon soldanelloides(スキゾコドン ソルダネロイデス)イワウメ科イワカガミ属。属名のShizocodonは、Schizo(分裂)+codon(釣り鐘)の合成語です。小さなベル状の花弁の先が細かく裂けているからです。
イワカガミは、イワウチワと同じイワウメ科の植物で似たところがあります。北海道~九州までの山地、高山帯の岩場などに生息する日本の固有種。葉が固く、光沢を持ち、ツヤツヤして鏡のように光るので、イワカガミというのでしょう。
この植物は、貧栄養状態の高山帯の岩場やがれ場において、単独かわずかな植物たちと共にマット状に生育している場合があります。
私の手の大きさで、この植物のサイズ感が分かるはずです。イワカガミは、春から夏にかけて3cmほどの葉から、10cm程度の花茎を伸ばし、1.5cmくらいの花を数個付けます。花色は桃色で個体によって濃淡があります。
イワウチワShortia unifloraとイワカガミSchizocodon soldanelloidesです。同じ科に属し、似た雰囲気を持つ2つの植物ですが、
①花や葉の大きさが違うこと。
②一茎一花がイワウチワ。一茎多花がイワカガミ。
という、大きな相違点を持ちます。
イワカガミの種形容語、soldanelloidesの説明をしていませんでした。学名にoidesまたはodes、oideusと付いた場合、それは接尾語であり「~に似た、~に類する」と訳すことになります。soldanelloidesとは、Soldanellaに似たという意味です。
こちらが、イワカガミが似ているとされる、イワカガミダマシSoldanella alpina(ソルダネラ アルピナ)サクラソウ科イワカガミダマシ属です。属名のSoldanellaは、中世イタリアのコインSoldoに由来し、種形容語のalpinaは、ヨーロッパアルプスに原生することを意味しています。この植物は、イワウメ科でもないし、イワカガミと類縁はありません。しかし形態的に、東アジアのイワカガミによく似た植物ということで、和名はイワカガミダマシと付けられました。
イワカガミをSoldanelloidesといって、Soldanellaをイワカガミダマシという。お互いを騙し(ダマシ)と擬(モドキ)と呼ぶ微妙なネーミング。この2種は、ユーラシア大陸の西岸と東岸で離れて暮らし、違う類属なのですが、生育環境と形態の類以性を持ちます。エイサ・グレイは、東アジアと北米東岸の植物が、大洋を隔てながらも類属に一致性がある種が多いことを説明しています。「騙し」と「擬」と「五十歩百歩」。もう、頭がこんがらがりそうです。
次回は「カタバミ属カタバミ[前編]」です。お楽しみに。