小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
マンテマ属[その1] センジュガンピとオグラセンノウ
2023/06/20
春の花々が一通り咲いて、今は初夏の花、夏の花が見られます。「暑い、暑い」と言っていると秋風が吹き、木々は葉を枯らし、また1年が通り過ぎてゆきます。季節の移ろい、時間の流れの速さにたじろぐ私たち。私たちが覚えた植物の知識や知見も同じように、時代や時間と共に絶えず置き換わってゆくのでした。
ナデシコ科にセンノウ属というグループがありました。近年の分子分類手法に基づき、センノウ属の遺伝子解析をしたところ、それらは、共通の祖先から進化したグループにはまとめられなかったのです。そして、センノウ属は解体され、もっと大きなグループのマンテマ属に戻されたのです。ところが、一度決まった分類を、すぐに新しい分類に置き換えるのは難しいのです。今まで収集した、膨大な植物標本の原本に記された分類名を書き換えることはできませんし、多くのコンテンツでもセンノウ属はセンノウ属のままです。
栃木県日光市にある国立公園の男体山は標高2486m。7000年前に噴火したとされる活火山です。その山麓には戦場ヶ原という湿地や高原が広がっています。
男体山から噴出した溶岩は大谷川をせき止め、中禅寺湖を作りました。周囲約25km、海抜は1269m。日本にある大きな湖の中で最も高い場所に位置します。上の写真は中禅寺湖の西にある千手ヶ浜という南北約2kmほどの砂浜です。
この千手ヶ浜で発見され、その名を付けられたのがセンジュガンピです。センジュガンピSilene gracillima(シレネ グラシリマ)ナデシコ科マンテマ属。以前、この植物はLychnis gracillima(リクニス グラシリマ)ナデシコ科センノウ属でした。現在の分子分類体系であるAPG分類体系では、センノウ属は否定されたので、センノウ属としてのセンジュガンピの学名Lychnis gracillimaは別名(シノニム)となりました。
センジュガンピの種形容語gracillimaは、 細長い、痩せたことを表します。この植物は、学名の通り、何かに寄りかからないと自立できないほどの繊細さです。私も日光の千手ヶ浜で初めてセンジュガンピを見ました。風雨にたたかれ、ぼろぼろになったセンジュガンピはなんとも弱々しく、か細い植物に見えました。
センジュガンピは、⽇本の固有種でまれな植物です。多年草とされているのですが、一年草のようなはかなさがあります。そして、本州中部から東北地方に至る、山地亜高山体の湿った林に生息しています。花は夏に開花し、直径は2cmほどのナデシコに似た5弁の花びらを持っています。
ビランジという植物をご存じでしょうか?ビランジSilene keiskei var. minor(シレネ ケイスケイ バリエーション ミノール)ナデシコ科マンテマ属。それは、本州中部の高山帯地帯に生息するオオビランジの変種です。種形容語のkeiskeiは、シーボルトから薫陶(くんとう)を受けた、日本植物学の草分けである伊藤圭介氏の名前であり、変種名のminorは小型という意味です。ビランジは亜高山帯の崖に生え、夏に2cmほどのピンク色の5弁花を付けます。
ビランジとセンジュガンピが似ていると思っていた私。ビランジの属名は、Sileneです。古いセンジュガンピの属名は、Lychnisです。ビランジとセンジュガンピ、この二つの植物は、どのように見ても違う属分類には見えず、違う属であることにもやもやしていたのです。DNA分類体系という新しい分類に戸惑いはありますが、今は同じ属名のSileneになったことに納得感があります。
次もセンノウ属に分類されていた。オグラセンノウです。オグラセンノウSilene kiusiana(シレネ キュウシアナ)ナデシコ科マンテマ属。1903年に牧野富太郎先生が熊本の阿蘇で発見して命名したものです。種形容語のkiusianaは、九州を表します。Lychnis kiusianaは、別名です。
オグラセンノウは、九州と岡山など中国地方山間部の湿地に原生する宿根草です。日本の他に朝鮮半島にも原生があり、日本列島と大陸の地理的つながりを示す植物と考えられています。カワラナデシコのような風情で、背の高さは1mほど伸びるのですが、茎葉は脆弱(ぜいじゃく)で何かに寄り添わないと立っていられないようです。この植物は、生息数が少なく分布地域が狭いこと、生息環境が湿地に限定されることもあって、出会うことがまれな植物の一つです。
オグラセンノウは5弁の花びらの先が裂けてナデシコに似た形で、花径は2.5~3cmぐらいでした。この花色を園芸業界では、salmon color(サーモンカラー)といいます。日本語で表現すると「鮭肉色」、微妙な表現を使った色合いです。
次回のマンテマ属[その2]は、仙翁花(センノウゲ)などについての考察です。お楽しみに。