小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
楸樹とカタルパ属
2024/12/03
木へんに、冬と書いて「柊(ヒイラギ)」。春と書いて「椿(ツバキ)」。夏と書いて「榎(エノキ)」。そして、日本であまり見慣れない木へんに、秋と書く「楸(ひさぎ)」。これはどのような植物でしょうか?今回は中国では「楸(チ(ォ)ウ、qiū)」もしくは「楸樹(qiūshù)」といい、日本では「トウシュウ(唐楸)」と呼ばれる植物と、その仲間の植物記です。
今回のテーマの一つである「トウシュウ(唐楸)」という樹木を私は日本で見たことがありません。きっとどこかに植栽されていると思うのですが、日本では植えている所が少ないのだと思います。私は、原生地の一つである中国山東省、黄海に臨む臨海都市である青島で見られました。
上の写真の木は、中国で百木の王ともいわれる、トウシュウ(唐楸)Catalpa bungei(カタルパ ブンゲイ)ノウゼンカズラ科カタルパ属です。それは、8cm程度のハート型の葉を持った、見事な高木です。真っすぐに伸びた木姿。高さは20m程度に見えました。花の時期は、5月下旬の初夏。遠目には薄いピンク色に見える大きな花を咲かせていました。
初めて見る植物だったので、現地の方に名前を聞き植物名を知りました。咲いている花を見れば、私でも何科、何属くらいは推測が付くのですが、樹冠に咲く花に手が届きません。何本もの木の下を歩き回り、落ちている花を見つけました。
トウシュウの花です。樹木の花としては大きく、ノウゼンカズラのような花姿です。手のひらに載っているので大体の大きさが分かるでしょう。筒状の5弁花で花の大きさは3.5cm程度あります。花弁は薄い白からピンク色、喉元がやや黄色、赤紫の斑紋は虫を誘う蜜標になっているのだと思います。
トウシュウの種形容語bungei(ブンゲイ)とは、シベリアや極東アジアの植物調査で知られAlexander Georg von Bunge(アレクサンダー・ゲオルク・フォン・ブンゲ、1803~1890)に献名されています。彼は、祖父がドイツからウクライナに移住してキーウに薬屋を開いた家系とされる植物学者です。シベリアや極東アジアの植物の権威で、この植物記でも、ハクショウ(白松)Pinus bungeana、ボタンクサギ(牡丹臭木)Clerodendrum bungeiなどで彼にちなんだ植物を紹介しています。
トウシュウの原生地は、河北(かほく)省、河南(かなん)省、山東(さんとう)省、陝西(せんせい)省などの中国東部とされ、黄河流域に広く原生している樹木ですが、気候変動と環境破壊によって絶滅危惧種レッドリストに登録されています。それにしても頂芽優勢が強く、見事な直幹で見上げるような高木です。成長は早く、よい木材になるといいます。
中国では、「楸」という漢字は、日本で言うトウシュウの名前ですが、同じ属の植物に漢字で「梓」と表す植物があります。「梓」は日本では「アズサ」もしくは、「シ」と訳しますが、「梓」に対応する植物はあやふやです。中国の言語で「梓」は、日本のキササゲのことです。トウシュウもキササゲも日本にもともと生えていた樹木ではなく、中国伝来の樹木なので、楸=トウシュウ、梓(zi)=キササゲと理解できます。
キササゲとは、ノウゼンカズラ科カタルパ(キササゲ)属の和名とキササゲCatalpa ovataの種名です。枝の先から細長い果実が垂れ下がるのが、カタルパ属の大きな特徴の一つです。
上の写真に写っている左の2本は、ササゲ「けごんの滝」。右の2本が、キササゲ属の若い果実です。ササゲとキササゲの果実はよく似ていることから、「木になるササゲ」で「キササゲ」と呼ばれています。しかし、キササゲの果実は堅く木質で食べられません。
キササゲCatalpa ovata(カタルパ オバタ)ノウゼンカズラ科カタルパ属。花の色が薄い黄色に見えるので、英語でyellow catalpaともいわれます。中国の樹木ですが、トウシュウより、東北部や内陸の省に生息します。日本には、古くから植栽され、一部河川敷などで帰化した株を見たことがあります。上の写真は、自生地の一つである内モンゴル自治区で撮影したものです。
キササゲの種形容語のovataは、卵型を表します。成長の早い落葉高木に分類されますが、通常見るキササゲは、トウシュウに比べれば小型で5~10mです。日本で見るものは、低木といった感じです。ところが、樹齢1200年、樹高22mのキササゲが中国にあるそうで、見てみたいものです。花期は夏、ノウゼンカズラ状で薄い黄色の内面に赤紫の斑紋がある花を咲かせます。花の大きさは2.5cm程度です。
世界のカタルパ属カタルパ節は4種ほどで、北米東岸と東アジアに隔絶分布しています。この樹木でも、不思議な「東アジアと北米東部の植物の驚くべき同一性」を感じないわけにはいきません。他に同属で違うセクションに分類される種(しゅ)がカリブの島々に原生している様子です。
アメリカキササゲCatalpa bignonioides(カタルパ ビクノニオイデス)ノウゼンカズラ科カタルパ属。この植物はアラバマ、ジョージア、フロリダ州など北米南東部に原生する落葉広葉樹です。花色が白いのが特徴です。種形容語のbignonioidesは、同じノウゼンカズラ科の「Bignonia(ツリガネカズラ)属に似た」という意味を持っています。
このカタルパ属は、北アメリカが発生の起源と考えられています。ベーリング海に陸橋があった古代にカタルパ属は、東アジアへ分布を広げたのでしょう。日本列島にも来てほしかったです。上の写真は、キササゲ属の熟した果実から取り出した種子です。カタルパ(Catalpa)属の語源は、北アメリカ南東部の森林地帯に住んでいた北米先住民族の言葉で「翼のある頭」を意味することに由来しているといいます。
キササゲ属は、大きな葉を持つノウゼンカズラ科の植物です。ノウゼンカズラ科は、熱帯亜熱帯に多く分布する植物群です。温帯域に原生するその樹木種は、カタルパ属以外に私は知りません。暑い地域に生えていた植物ほど、冷温に敏感に反応するのが分かります。今回の主題の「楸」とは、秋に敏感に反応して真っ先に葉を落とす樹木を意味するのだと思います。
次回は、実りの季節にちなんで、私が大好きな木の実の一つ「クルミ科クルミ属」のお話です。お楽しみに。