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ヒガンバナ[後編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ヒガンバナ[後編]

2019/10/08

日本の弥生時代から飛鳥時代にかけて朝鮮半島では、小さな都市国家が生まれ、そして滅び、高句麗(こうくり)、百済(くだら)、新羅(しらぎ)という大きな三国が覇を競う時代になりました。その一国であった新羅は、世界一の強国であった中国の唐と軍事同盟を結び、百済、高句麗を滅ぼし半島を統一したのです。国を追われた百済や高句麗の人たちは、渡来人として多くが日本に移り住んだとされています。

関東の各地に渡来した高句麗の人たちは、武蔵国の一部に集められ、高麗郡(こまぐん)という自治地方政府が作られました。それは、現在の埼玉県日高市と飯能市あたりにありました。今でもJR高麗川(こまがわ)駅からほど近くにある高麗神社(こまじんじゃ)は、高句麗の王族であった高麗王若光(こまのこきしじゃこう)を祭っています。そこは、日本にあって高句麗の亡命地のような趣です。

高麗神社の近くには高麗川が流れています。巾着田(きんちゃくだ)といわれる、川の蛇行が作り出した地形は、ひらがなの“ひ”のような妙な形をしています。その内側には、毎年秋のお彼岸になるとその数500万本といわれるヒガンバナLycoris radiataが咲くのです。

なぜ、巾着田にそのようなヒガンバナが咲くようになったのでしょうか? 地元の看板には、上流にあったヒガンバナが洪水で高麗川に流れ、激しく蛇行する巾着田に流れ着いたと書いてありました。なるほど説得力のある説明です。

ヒガンバナは、川のほとりや水田のあぜなど湿った土地を好む植物です。その球根が水の流れに沿って分布を広げるのは理解できます。巾着田に茂った木々の葉がちょうどよい半日陰をヒガンバナに提供していました。

ヒガンバナは、不思議なことに日本の秋のお彼岸のころ花が咲きます。あの世の岸辺を表す彼岸とこの花がリンクして、お墓などにも植えられるので、この花が仏的な印象を持つことは否定できませんが、とても美しい花だと思います。今年は、開花が例年より1週間以上遅れました。ヒガンバナが咲くためには、一定の低温が必要なのです。今年は、8月9月の気温が高過ぎたのです。

ヒガンバナについてのうんちくです。ヒガンバナは、単子葉植物、キジカクシ目ヒガンバナ科ヒガンバナ属に分類されます。単子葉植物の花の構造は、3を基本数としてプログラミングされています。花弁は、がくとの区別がなく、外花被3枚、内花被3枚からなっていて、めしべは1本、おしべは6本です。

ヒガンバナ属は、さらにしべが花弁より長く反り返るリコリス亜属Lycorisしべが短く花被の中に納まるシマンタス亜属Symmanthus に分かれます。右側の写真は、ヒガンバナとは趣の異なるシマンタス亜属のキツネノカミソリです。

キツネノカミソリLycoris sanguinea(リコリス サンギネア)ヒガンバナ科ヒガンバナ属。種形容語のsanguineaは、血赤のようなという意味ですが、明るいオレンジ色をしています。日本のほか、朝鮮半島の明るい林床や林縁に原生し8月ごろ開花します。

ショウキズイセンLycoris traubiiヒガンバナ科ヒガンバナ属。黄色いヒガンバナで日本の暖地でよく見られます。四国、九州、沖縄、台湾に原生とされるのですが、近縁種が東アジアの大陸に多くありますのでその区別が私にはよく分かりません。

シロバナヒガンバナLycoris × albiflora(リコリス アルビフローラ)ヒガンバナ科ヒガンバナ属。種形容語の前に付く×は、交雑種であることを表します。種形容語のalbifloraは白い花を意味しますが、ヒガンバナの白花ではありません。DNAの解析ではヒガンバナLycoris radiataとショウキズイセンLycoris traubiiの交雑であることが示唆されるといいます。

ヒガンバナの仲間Lycoris属は、東アジアの球根植物。その分布の中心は中国の揚子江地域、特に福建省だと聞きます。福建省大学の先生が持つコレクションの写真を見ましたが、実に多様で美しい花色をしていました。

中国大陸南部に起源を持つヒガンバナが、なぜ、日本の国土に広まったかは大きな謎です。稲作伝播説などの移入説、元々原生説、海流分布説などさまざまな説があり、どれも的を射ているように思いますし、全ての説が実際にあったのかもしれません。ヒガンバナは、シナヒガンバナの変種で3倍体の変種。種はできないとされますが、そのようなヒガンバナ集団においても立派な種を付けている株も散見されます。その種は発芽しないと説明されますが、発芽するという論文もあります。

写真は、八重咲きのヒガンバナです。身近に咲く、誰でも知っているヒガンバナですが、多くのことが分かっていません。ヒガンバナは多くの謎を秘めるのです。ある先生の書かれた本を読んでいたら、ヒガンバナをクリスマスに咲かせることが大事だと書いてありました。そのような品種や園芸技術が開発されれば、ヒガンバナは世界的な園芸植物として脚光を浴びるに違いありません。

次回もお楽しみに。

JADMA

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