タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

Plant of Xi’an 海棠と暖房

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

Plant of Xi’an 海棠と暖房

2020/02/04

唐代建造物は、支配者の栄枯盛衰や一揆によって壊され、時の流れによっても風化していきます。古都西安にも時の栄華を伝えるものは多く残っていません。しかし、石造りのものや歴史文化は残りました。引き続き、楊貴妃にまつわる幾つかの故事来歴のお話です。

西安近郊、驪山(りざん)の麓に紀元前から知られる温泉である華清池があります。そこに唐王朝の離宮が建てられました。今でいう温泉リゾートには、各皇帝のお風呂や楊貴妃の専用湯船が今に残されています。

この写真は、楊貴妃の専用湯船です。意外とこぢんまりとしたものでした。その名も海棠(カイドウ)の湯といいます。

楊貴妃の美しさは植物のカイドウに例えられています。御酒に酔い朝の眠りから覚めない、しどけない楊貴妃の姿を見て玄宗はこのように言ったと『楊太真外伝』記されています。

直是海棠睡未足耳

(海棠の眠りがいまだ足りないようだ)

ハナカイドウMalus halliana(マルス ハルリアナ)バラ科リンゴ属。中国では垂糸海棠Chuí mì hǎitángといいます。ハナカイドウは、陝西省、四川省、雲南省など中国中西部の山地に原生する落葉樹です。この植物は花が咲き進むと白色になりますが、蕾が赤からピンクへと変化する美しい咲き方をします。玄宗は、楊貴妃が寝ている姿の美しさを海棠の蕾に例えたのです。

カイドウと呼ばれるのは、花を観賞の目的にするリンゴ属の花木です。リンゴ属は北半球に30種以上原生し、東アジアにもいくつかの種が生息しています。本場の中国に生えるリンゴ属は、垂糸海棠、湖北海棠、西府海棠などがあります。

カイドウ属  バラ科リンゴ属 Malus spp. 於:泰山

山東省の山地には、白い花を咲かせるカイドウが花を咲かせていました。

コホクカイドウ(湖北海棠)Malus hupehensis(マルス フペヘンシス)バラ科リンゴ属。種形容語のhupehensis は湖北省という意味を表します。

日本にも、カイドウと呼ばれるリンゴ属があります。それは、ズミです。

ズミ(ミツバカイドウまたはミヤマカイドウなど)Malus sieboldii(toringo )(マルス シーボルディー) バラ科リンゴ属。東アジアの山地、湿地などに生える野生のリンゴです。種形容語の sieboldiiとはシーボルトのことです。ズミにはMalus toringoという異なる学名があり併記されています。

他に日本には、このようなリンゴ属の原生があります。

エゾノコリンゴMalus baccata var. mandshurica(マルス バカッタ バラエティー マンドシュリカ)バラ科リンゴ属。種形容語のbaccataとは、液果(ベリー)という意味、変種名のmandshuricaは満州を指します。本種は、日本の本州中部以北、他に中国東北部など東アジア北部の山地に分布します。果実の姿は小さくても立派なリンゴの形をしています。

食用のリンゴについても言及しておきたいと思います。私たちが食べているリンゴの学名は、Malus domestica(マルス ドメスティカ)。つまり、さまざまな野生リンゴを交配して人間が作ったものと考えられています。リンゴ属はコーカサスから中央アジアにおける高原が分布の中心であり、北緯40度付近の冷涼な気候に適合した植物です。写真のリンゴは、コンピューター会社のロゴに採用された世界で一番有名なリンゴかもしれません? 品種名はマッキントッシュといいます。

リンゴの漢字は林檎と書きます。中国語では、苹果とpíng guǒと発音します。日本には中国から伝わり中国語の発音からリンゴになったと考えられます。林檎の漢字は、家禽の禽つまり鳥のことです。リンゴ属の実が熟すると鳥が集まってくることにちなんだものです。

再び温泉の話に戻ります。
漢王朝以来400年にわたる群雄割拠の時代は隋王朝を経て、唐王朝が支配する時代になりました。写真は、唐の第2代皇帝李世民の専用湯船です。

長安は、夏は暑く、冬は寒い大陸性の気候です。冬はマイナス10度にもなり、温泉に入るとき服を脱ぐと寒いので華清宮の更衣室にある工夫がされました。部屋に温泉のお湯を引き込み暖めたのです。その部屋は「暖房」と呼ばれました。それが今に続く暖房という言葉の由来です。

次回は「Plant of Xi’an イソマツ属」です。数少ない唐代の城壁に生える珍しい雑草についてのお話です。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.