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ヒメハギ属[前編] ヒナノキンチャク

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ヒメハギ属[前編] ヒナノキンチャク

2021/10/12

「食欲の秋」「スポーツの秋」「芸術の秋」人それぞれに、この快い季節の楽しみ方があります。気候が穏やかになり、お花や野菜の栽培など「園芸の秋」も思う存分に楽しみたいと思います。秋の夜長は、読書という人も多いでしょう。私は、植物の図鑑をめくって眺めるのが好き。そして、まだ見ぬ植物に思いをはせます。

ヒナノキンチャクという植物の写真を見ていました。その野草とは思えない色合いと配色。園芸種をもってしても、この色気には到底太刀打ちができそうにもありません。この植物は、どこにどのように生えているのでしょうか? まだ見ぬこの植物との出合いに、胸が高鳴り恋い焦がれる思いが募りました。

ヒナノキンチャクは、東アジアのほぼ全域と東南アジア、西ヒマラヤなど広大な地域に生える植物ではあります。日本においても本州、四国、九州と広域に原生するのですが、生育地は数えられるほどしかなく、各地で絶滅危惧種に指定される希少な植物なのです。現在、日本の分布北限は南東北といわれ、その場所に最大規模の群生地があります。

福島県阿武隈山地。大滝根山の西に、カルスト(石灰岩)台地があります。そこは、古代の浅い海にできたサンゴ礁などが、プレートの移動で日本列島の原形に乗り上げた場所です。大正~昭和40年代にかけて、この場所はセメント材料になる石灰岩の採掘現場でした。上の写真で示した露頭は、ダイナマイト爆破などでできました。大小さまざまな石ころが崖下に転がっています。

この場所で、全長600mほどの大規模な鍾乳洞が発見されたのです。それは、あぶくま洞と命名し整備され、観光施設として一般公開されています。現在は、石灰岩の採掘は行われていません。

採掘が行われなくなった現場跡地は、風化に任せた石灰岩露頭となっていて、あぶくま洞観光者用の駐車場付近までの範囲に、石灰の岩、石、砂利があり、土壌や木々に覆われないままの環境になっています。

石灰岩は、炭酸カルシウムを多く含む堆積岩です。水に溶けた大量のカルシウムイオンは、植物の生育を阻害し、樹木や多くの植物が育ちにくいのです。その環境に耐性を付けることによって生存競争を有利にする植物があります。ヒナノキンチャクは、そんな植物の一つだと考えることができます。石灰岩の砂利の上に、なんとなくピンク色が広がります。それが、ヒナノキンチャク群落の様子です。

ヒナノキンチャクPolygala tatarinowii(ポリガラ タタリノーウィ)ヒメハギ科ヒメハギ属。属名のPolygalaとは、Poly(たくさん)+gala(乳)の合成語で家畜の乳の量を増やすという意味です。種形容語のtatarinowiiは、ロシア人の人名にちなみます。

初めて、ヒナノキンチャクという植物を見たとき、その姿に、もう笑うしかありませんでした。私が見た株は全て10cm未満の丈。1円硬貨の直径は2cmです。この花の直径は2mm程度しかありません。目のピントが合わない私の目には、そのディテールをつかむことが難しいのでした。

ヒナノキンチャクは、漢字で「雛の巾着」と書きます。小さな花が受精すると子房が膨らみ、緑色をした巾着(果実)となります。巾着は、片側にだけ付き大きさは3mmほど、その中に2つ種(タネ)が入っています。この植物は8~10月に花を咲かせる一年草。毎年、芽を出し更新が必要です。小さな芽が育ち、花を咲かせ種を付けるまで、樹木や強壮な宿根草が生えにくい環境こそ、この植物に必要なのです。

この小さな花について解説します。ヒナノキンチャクは、枝の先端が花の集合体である花序になります。短いながら花柄があるので総状花序といいます。一年草らしく、花と種をたくさん付ける植物です。

ヒナノキンチャクの花弁は3枚、がくは5枚です。中央の黄色くなった部分は、花弁の1枚でマメ科の豆花と同じように竜骨弁といいます。この花弁に帽子のように載るのが2枚の上花弁です。竜骨弁の下に花弁状に広がるのが、がく片である側がく片2枚です。残りのがく片3枚は小さな付属物のように上と下にあります。雌しべと雄しべは、竜骨弁の中に格納されています。竜骨弁は、黄色からオレンジ色に、そして赤く色が変化していきます。

ヒナノキンチャクの実物を初めて見たときは、「エーッ、これなの!!」て独り言が出るくらいに小さく、繊細でした。日本における最大規模という自生地は、観光地の駐車場周辺であり、注意をしないと踏み付けてしまいそうなくらい、ぞんざいに生えていました。憧れていたヒナノキンチャクという植物の感想です。

「魅力的な色彩を持つかわいい植物。小さいけれど!!」

それは、守ってあげないと、どこかに行ってしまいそうなはかなさを秘めていました。

次回は「ヒメハギ属[後編] ヒメハギとイトヒメハギ」です。お楽しみに。

JADMA

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