小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
センニンソウ属[その5] カザグルマなど
2023/06/13
東アジアには、多様で美しいセンニンソウ属の原種がたくさんあります。その中でも、カザグルマやテッセンは、野生種でありながら、花被が大きく園芸種に見劣りしません。「つる植物の女王」と呼ばれる大輪クレマチスは、これらが主な交配親として使われています。
毎年、春になると園芸店にはさまざまなクレマチスの苗が並びます。世界中の原種、その原種から作られた交配種たち。お客様のニーズは多様で、嗜好(しこう)に合った品種をお買い求めになります。
その中でも、1番人気なのは、上の写真のような大輪系クレマチスです。自家用の他に、お花のプレゼントとしても利用されます。花被が大きくすてきな色合い、何よりも幾何学的なガク片の配置とひげのような雄しべ、雌しべの造作が魅力的です。このような大輪のクレマチスを作出するには、カザグルマ節(sect. Viticella)のグループ間の交雑が必要でした。それらの花被は大きく、下向きではなく上向きに平開する性質があります。
上の写真は、南東ヨーロッパなどに生息するクレマチス ヴィチセラClematis Viticellaと、東アジアのカザグルマ節センニンソウ属の交配によって生じたとされるクレマチスの園芸種です。19世紀、イギリスの園芸家George Jackman(ジョージ・ジャックマン 1837-1887)は、ヨーロッパに原生する種(しゅ)とプラントハンターがイギリスに持ち込んだ、東アジアのセンニンソウ属との交配を成功させ、ジャックマニーハイブリッドという品種群を作り上げました。それらは丈夫で開花期が長く、今でもガーデン植栽に使われています。
クレマチス フロリダClematis floridaキンポウゲ科センニンソウ属。種形容語のfloridaは、アメリカのフロリダ州とは何の関係もなく、floridus=花の多いという意味です。長江以南の南東中国、広東省、広西チワン族自治区などに分布するとされる種で、ガク片の数が6枚あるのが特徴です。中国名を「鉄線蓮」といいます。葉を落とした茎がワイヤの連なりに似ているためで、日本でテッセンと呼ぶのは、中国名の和訳によります。
カザグルマ節(sect. Viticella)センニンソウ属は、左上の画像のように小葉に鋸歯(きょし)がありません。無毛のように見えますが、軟毛が生えている個体もあります。クレマチスの園芸化には、中国浙江省産とされるクレマチス ラヌギノーサClematis lanuginosaが関わっているとされますが、野生種は見つからず不明なことが多い種です。種形容語のlanuginosaとは「軟毛がある」や「毛質の」という意味で、中国名も「毛叶鉄線蓮」といいます。右上のクレマチスには毛が生えているので、そのラヌギノーサの名残かもしれません。
世界のセンニンソウ属において、東アジアの「カザグルマ」の大輪性とガク片数の多さは類を見ません。この種の存在がなければ、現在のクレマチスの園芸種で巨大輪はなかったと思います。
カザグルマClematis patens(クレマチス パテンス)キンポウゲ科センニンソウ属。種形容語のpatensは「広がった」「開出した」「開けた」という意味で、花被が平開した様子を表します。それは、世界に原生するクレマチスの原種において、特異的である8枚のガク片を持ちます。
この種は、日本の本州北部から九州に分布する他、北東アジアに広域分布するセンニンソウ属ですが、原生地が少なく限られた場所でしか見られません。それは、わずかな開花期しかその存在を知ることができない植物だからかもしれません。生息地と生息数、そのものが少ないのです。
カザグルマが生える環境は、深山や高山ではなく、標高の低い山林、里山の湿った林縁や小川の淵です。カザグルマがまれな植物なのは、そうした生息環境が大きく影響しているのだと思います。
人里近い環境は、人の都合で容易に開発されてしまいます。カザグルマは、決して弱い植物ではありませんが、生息する環境がなくなっては生きていけません。近年もカザグルマの原生地の一つが、ダムの底に沈んでしまいました。
そしてカザグルマの生える環境は、多くの人の目に触れる場所です。カザグルマがあまりにも美しい花なので、掘り取って持ち帰る人が後を絶たないようです。そうした人間による採取も減少の一因といわれます。カザグルマは、それぞれの生育地において、孤立してそれぞれに形質の違う集団を形作っているように思えます。その個性豊かなカザグルマが、次の世代でも目に触れられる自然が残っていることを願うばかりです。
次回は「マンテマ属[その1] センジュガンピとオグラセンノウ」です。お楽しみに。