タネから広がる園芸ライフ / 園芸のプロが選んだ情報満載

連載

ササゲ属[前編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

ササゲ属[前編]

2023/12/12

私たちの食べている穀物や野菜。それらは、人類が山野に生えていた植物の有用性を見い出し、野生個体の選別、選抜によってドメスティケーション(作物化)したものです。今回は、その中からササゲ属(アズキの仲間)を取り上げます。まず、波しぶきがかかる海岸に生えるアズキの仲間を紹介してから、東アジアの開けた野に生える、アズキの野生種をご覧いただきます。

前回に続き舞台は、日本の亜熱帯域である先島(さきしま)諸島です。先島諸島とは、沖縄県の南西部にある、宮古島、石垣島、西表(いりおもて)島、与那国島などの島々です。青い海が広がる浜辺を歩いていて、黄色い花を咲かせるマメの仲間を見つけました。

ハマアズキ

ハマアズキVigna marina(ヴィグナ マリーナ)マメ科ササゲ属。属名のVignaは、17世紀のイタリアの植物学者、Domenico Vigna(ドメニコ・ヴィーニャ、1577~1647)に献名されたとされています。種形容語のmarinaは、海の近くに生えることを意味していて、ハマアズキの生息地を表します。

それは、海岸から陸に移る境界線で、海岸植生の中でも最前列に位置し、ピンク色の花を咲かせるグンバイヒルガオとの混合群落を作っています。その環境は、海が荒れれば、海水に一時的に漬かる場所です。塩をかぶると普通の植物は「浅漬け」状態になるのですが、黄色い花を咲かせるこのハマアズキは、塩の多い環境に適応する耐塩性を持っています。

ハマアズキは、海流によって分布を広げ、汎熱帯域(はんねったいいき)※に生息するつる性の海浜植物です。日本では、南西諸島で見られるでしょう。ハマアズキは、このような蝶形花(ちょうけいか)をほぼ一年中開花させます。大きさは2cm弱で透き通るような黄色、左右対称できれいな花です。

※汎熱帯域…赤道付近の熱帯・亜熱帯域を中心に地球一周を取り囲むような分布域のこと

ハマアズキの豆果(とうか)です。日本で、この莢や種子を食べるとはあまり聞きません。しかし、太平洋に広く分布するハマアズキの実や根を食べる習慣があるらしいのです。マメの仲間は、根に空気中の窒素ガスを固定するバクテリアを共生させ、窒素を自前で調達できます。さらに、しょっぱい環境で育つハマアズキは、塩害に対応できる能力があるのです。

ハマエンドウ

ハマアズキと同じように、海岸に生えるマメがあります。こちらは、ハマエンドウLathyrus japonicus(ラチルス ジャポニクス)マメ科レンリソウ属。この植物の種子も海流に乗って運ばれるため、温帯域であれば、日本はもちろんのこと、世界の温帯域の海浜に生息しています。

豆果を見るとエンドウ属のようですが、レンリソウ属はスイートピーと同族です。マメだし、おいしそうだから食べられそうと思うのは間違いです。トウアズキのように猛毒を含むマメもあります。このレンリソウ属は、常食にすると恐ろしい神経毒を持つことが知られています。マメの仲間は、多様で注意が必要な植物だということを知っておきましょう。

さて、ササゲ属に話を戻します。上の写真は、遠くに水平線が見えますが、海浜植物の話ではありません。津波が土砂をごっそり持っていった場所にできた草地です。ササゲ属アズキの野生種は、日当たりのよい草地に生えます。この写真を注意深く見つめると、黄色い点が見えます。これがアズキの野生種とされる植物です。

ヤブツルアズキ

ヤブツルアズキVigna angularis var. nipponensis(ヴィグナ アングラリス バラエティー ニッポンエンシス)マメ科ササゲ属。これが皆さんもよく知っているアズキの野生種。つる性の一年草でマメ科らしい三出複葉を持ち、やぶに生えて長いつるを伸ばすので、ヤブツルアズキといいます。

ヤブツルアズキの種形容語のangularisは「角張った」という意味があり、さやの形状を表します。この植物が、アズキの原種といわれているのに、変種として扱われているのは奇妙です。変種名のnipponensisは「日本産」という意味ですが、ヤブツルアズキはヒマラヤから日本に繋がる照葉樹林帯の野に生える植物です。

ヤブツルアズキは、つる性なことを除けば、栽培種のアズキと同じ遺伝的特徴を持つ植物とされています。人類は、古くから野にあるヤブツルアズキの有用性に気付き、野生種を選抜して、アズキとしての作物化を図ったのです。この痕跡は東アジア各地、紀元前の古い遺跡から見つかっています。ヤブツルアズキがどこでドメスティケーション(作物化)されたのか、いろいろな説がありますが、東アジア複数地において作物化されたと考えられています。

次回は、ササゲ属 [中編]です。お楽しみに。

JADMA

Copyright (C) SAKATA SEED CORPORATION All Rights Reserved.