小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
翼を持った果実[その2] フタバガキ属
2024/02/06
「沙羅双樹」は、フタバガキ科サラノキ属でした。今度はフタバガキ科フタバガキ属です。フタバガキ属は、熱帯樹木なので温帯に住む私たちにはあまり縁がありません。それでもその実は、ツクバネのようなヘンテコな形をしているので、博物館や植物園の展示で人気があります。
フタバガキ科の実をまねて工作してみました。さまざまな球果を重りに、羽根はポリプロピレン(PP)樹脂製のバンドや発泡スチロールの薄板で作りました。手で持ち上げて下に落とすと羽根がらせん状によく回るのですが、特に発泡スチロールの軽い素材で作った模型は、ゆっくりと回転しながら落下します。ビルの7階から落下試験をしたときに、その軽量タイプの模型は、一陣の風とともに私の視界から消えていったのでした。
作った中でも「私的マスターピース(傑作)」と感じているのは、上の模型です。例のムクロジの実を重りにして茶色のポリプロピレン(PP)樹脂製のバンドで羽根を作りました。羽根の長さ、そり具合、重なる角度が重りにマッチして、とてもよく回転します。下に落ちてもそのトルク(回転時に働くひねる力)でこまのように回ります。この模型は、とあるフタバガキ属の実をまねて作りました。
これが、そのモデルです。フタバガキ属は、東南アジアを中心に生息する、常緑または、落葉性の高木です。フタバガキ科の中でも多くの種属を持ち、60種以上が確認されています。
ディプテロカルプス オブツシフォリウスDipterocarpus obtusifoliusフタバガキ科フタバガキ属。東南アジア一帯に生息する真っすぐに育つ高木。がくが5枚ある内の2枚が長く成長して翼状となります。なかなかの美形ながら、実際は実が重過ぎるのでうまく回転しません。種形容語のobtusifoliusとは、先端が鈍形(どんけい)の葉を持ったという意味です。
フタバガキとカキの実が似ていると思っている私。カキのヘタが2片に成長して羽根になったら、フタバガキに進化するように思えます。しかし、カキはヘタの先が枝に付き、フタバガキは実の先端が枝に付いて羽根(がく)は下向きです。この二つは、かなり縁が遠いのかもしれません。
ディプテロカルプス ツルビナスDipterocarpus turbinatusフタバガキ科フタバガキ属。インド、カンボジア、ミャンマー、ベトナムなど湿度の高い熱帯雨林に生え、35m程度になる高木です。材が軟らかいので木材の資源に利用されます。
中国では、フタバガキ科のことを「龍脳香科(りゅうのうこうりょう)」といいます。これは、ディプテロカルプ ツルビナスからGarjan balsam(ガルジャン バルサム)という精油がとれるからです。幹に穴を空けて樹液を採取し、この精油をアーユルヴェーダなど民間医療に使用しています。この植物は、木材利用や精油採取など多目的に利用価値のある樹木ゆえに、東アジア最南部の中国雲南省で栽培されています。
ディプテロカルプス ツルビナスの下には、このような実が落ちていました。木の実が大好きな私、早速拾ってコレクションにしたのは言うまでもありません。
ディプテロカルプス ツルビナスの実です。2枚のガクが成長して皮質の翼になっています。この植物の種形容語は、tubinatusでした。それは、この実の形状(倒円すい形) を意味します。
千葉大学の教授の研究室に遊びに行ったときにもらってきた、ディプテロカルプス アラタスDipterocarpus alatusフタバガキ科フタバガキ属の実です。フタバガキ属の独特の形状ですが、種によってかなり違いがあります。種形容語のalatusとは、翼状部があることを意味しています。
ディプテロカルプス アラタスは、湿った熱帯アジアの低地に原生する常緑、もしくは落葉の高木です。その乾燥した実を分解すると五つの翼状稜(よくじょうりょう)があり、がくが発達して実を包んでいました。この植物の実は、重さと翼のバランスがあまりよくありません。「よく回転する実」「ただ翼があるだけの実」があり、大ざっぱでがさつです。
それに対して、このフタバガキ科の実の形状、葉の長さ、角度、重さのバランスは最上級です。アニソプテラ コスタタAnisoptera costataフタバガキ科アニソプテラ属。属名のAnisopteraは、aniso(不等の、同じでない、不ぞろい)+ptero(翼)の合成語です。つまり、そろっていない翼を持つという意味を表します。
そして、二つの翼が長さと幅が微妙に違っていることから、回転軸が二重になって落下します。それは、動画でも見ないと信じてもらえないくらいおかしく不思議な回転です。
種形容語のcostataは、中脈(あばら)のある、筋のことを意味しています。上の写真は、アニソプテラ コスタタの翼を上から撮影しました。それには繊細にrib(あばら)が刻まれています。学名は、何かの呪文のようではありますが、意味があり、歴史があり、その植物の形状を語ります。この植物は、東南アジアの熱帯モンスーン林(乾期と雨期がある森林のこと)の川沿いに原生し、絶滅が心配されている希少な樹種です。
このシリーズでは、フタバガキ科という木の実の内、3回に分けてサラノキ属、フタバガキ属、アニソプテラ属を見てきました。しかし、この属種は、16属と多くの種属を持ちます。フタバガキ科の全容は私には未知で、底知れない植物の世界を垣間見た気がします。
次回は、もう少し翼を持つ木の実の話をしていきたいと思います。お楽しみに。