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連載

翼を持った果実[その5] 皮膜効果と飛行機

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

翼を持った果実[その5] 皮膜効果と飛行機

2024/02/27

翼を付けた種子は、その落下スピードが遅いほど、風に乗って運ばれ、遠くに旅をします。それには、全体の軽量化が必要です。そのため、種子を軽くし、翼を木質や皮質に変化させました。さらに膜質の方がより軽く、飛散能力が向上します。

プテロシンビウム ティンクトリウム

前回紹介した、プテロシンビウム ティンクトリウムです。この植物の回転翼は膜質です。それは、あまりにも繊細で破れやすい素材です。植物の種子にとって旅する翼は、頑丈に作る必要はありませんでした。一生に1回しか使わないからです。これらの果実に好適な翼は、皮膜だったのだと思います。その実例を見てみましょう。

サカタのタネの直営店「ガーデンセンター横浜」は、横浜駅からほど近い、神奈川県横浜市神奈川区「桐畑(きりばたけ)」という地にありました。その地名から、そこには、多くのキリ(桐)が植えられていたのでしょう。今でもその名残の大きな木が確認できます。

横浜駅からJRで東京方面に1駅行くと東神奈川駅があります。その近くの駐車場に奇妙な樹木が生えて困るという話がありました。その樹木の葉はとても大きく、測ると横幅が70cm程度もあります。そして、瞬く間に成長して3mほどの高さになったのです。

桐畑の近くでは、かなり離れた場所でも、同じような幼木が確認されます。コンクリートの隙間や石組みの間などです。桐畑以外にも、国道やJR東海道線、京浜東北線、京浜急行線を越えた地域にも、その幼木は見られます。

その幼木は、桐畑のキリです。キリ(桐)Paulownia tomentosa(パウロウニア トメントーサ)キリ科キリ属。キリは、春に花を咲かせると、秋には果実が成熟して木質のができます。冬に莢が乾燥して開くと、種子が風に乗って飛散しますその飛散距離は、数百メートル確認できました。さらに強風に乗れば、相当な距離になるかもしれません。

キリの果実の大きさは、4×2.5cm。乾燥すると鳥のくちばしのように二つに裂け、半開きになります。キリは陽樹なので、風通しのよい場所に育ちます。風が半開きの果実の中から徐々に種子を運び去ります。キリの種子の大きさは2mm。透明の皮膜のような翼を入れても5mm。それは、極めて軽いのです。軽量の種子と薄い皮膜は、キリの種子の旅に大きな効果がありました。

カエンボク

次はノウゼンカズラ科のお話です。ノウゼンカズラ科(Bignoniaceae)は、主に亜熱帯、温帯域に原生し、80属600種以上と推定されている大きな植物群です。その中には種子に皮膜を付けて、飛散させる種属があります。カエンボク(火焔木・火炎木)Spathodea campanulata(スパソデア カンパニュラータ)ノウゼンカズラ科カエンボク属。熱帯地域に行くとよく目にするこの樹木は、アフリカ西部に原生し、世界三大花木と称されます。同時に熱帯地において、世界最悪の侵略的樹木であるといわれます。その原因は、この木の種子が薄い皮膜を持ち、広範囲に散布され、いつの間にか生えてくるからです。

この薄い皮膜を持った種子を見てください。大きさは7.5cm、翼の厚みはミクロン単位で極めて薄く、重さを感じ取れません。これが風に乗ると遠くまで飛散します。この種子を付けるのは、カエンボクと同じノウゼンカズラ科ソリザヤノキという植物です。

ソリザヤノキ

ソリザヤノキOroxylum indicum(オロキリューム インディカム)ノウゼンカズラ科オロキリューム属。別名は、Indian trumpet treeといわれ、種形容語のindicumは、インドを表します。属名のOroxylumは、現地の言葉のようです。この植物は、インドから東南アジア、中国南部で20m以上に生育する高木です。上の写真は、中国最南部シーサーパンナタイ属自治州で撮りました。花は、夜に咲きます。その花はコウモリが蜜を吸うので、英語でMidnight Horror(真夜中の恐怖)とも言われます。

この植物は、受粉すると果実が大きく成長して、反り返った長い果実を付けるので、ソリザヤノキと和名が付きました。その莢の中に、あの種子が格納されています。

ソリザヤノキの種子を空気に乗せて手を放つと、回転するわけではなく、フワフワと漂うわけでもなく、つんのめりながらも、グライダーのように滑空したのです。この植物は、うっそうと植物が茂る熱帯の森に生息しています。風通しのよい場所ではありません。風の力はあまり頼りにならないため、空気抵抗を利用して滑空する種子を開発したのだと思います。ソリザヤの種子、見事な皮膜で作られていますが、見た通りデザインが適当なので飛行状態は、安定しません。もう少し丁寧に作り込めば、もっときれいに滑空するでしょう。この平たい種子の構造と位置、皮膜をアップグレードした植物があります。その植物の果実は、植物界最大の翼を持ちます。

その種子をまねて、私が作った飛行模型がこれです。皮膜素材は、発泡ウレタンを使いました。重りになる種子の部分は、ビニールテープです。この模型はきれいに滑空します。それは、インドネシア、マレー諸島の熱帯雨林に原生し、高木に絡んで伸長するウリ科のツル植物、アルソミトラ属の植物です。

ハネフクベ

ハネフクベAlsomitra macrocarpa(アルソミトラ マクロカルパ)ウリ科アルソミトラ属。私が持っている果実は、全長14cm。種形容語のmacrocarpaの意味は、巨大な実という意味です。種子が平らで、翼の前方に配置されているのがミソです。この少しの重りで落下しようとするのですが、大きく広げた羽が空気抵抗を受け滑空しました。わずかに反り返り、カールした翼のデザインは、なんと見事なのでしょうか。植物は、空気力学をどこで身に付けたのでしょう?それはグライダーそのものです。アルソミトラ属の翼は、無風条件の中でも1m落下する4m飛行する設計になっているそうです。それが、上昇気流に乗ったらと想像するだけで楽しいです。

アルソミトラ属の果実の形状が、飛行機の発明に大きな影響を与えたというのは有名なお話。人類が作った画期的な発明の原型は、植物の果実だったのでした。

次回は、再び回転しながら落下する「翼を持った果実[その6] 半纏木(はんてんぼく)」の話です。お楽しみに。

JADMA

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