小杉 波留夫
こすぎ はるお
サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。
ササゲ属[後編]
2023/12/26
ササゲ属のヤブツルアズキは、東アジア全域に生育し、この地で作物になりました。ササゲ属のササゲは、暑くて乾燥した大地、アフリカで作物化されたとされます。ササゲは、タンパク質が豊富な種子を穀物として収穫し、未熟な豆果(とうか)を野菜として利用します。この植物は、特にアフリカにおいて、極めて重要な作物です。痩せ地でも生育し、茎葉は家畜の飼料にもなります。
サカタのタネでは、ササゲ「けごんの滝」という品種を袋詰めにして販売しています。根強い人気がありますが、数あるインゲンマメの品種の隅に置かれ、目立つものではありません。私は、このササゲを高く評価しています。この子は、アフリカ生まれなだけあって厳しい暑さと乾燥に強いので、もっと利用したらよいと思います。トマトやナス、キュウリが弱る真夏に旺盛に生育して、写真のような莢がたくさん収穫できるので重宝します。そして、食味よく柔らかでクセがないので、どのような料理にも合います。
ササゲVigna unguiculata(ヴィグナ アングイクラタ)マメ科ササゲ属。ササゲ属には、いくつかの変種があります。ここで話題にしているのは、ササゲの変種の「十六ササゲ」Vigna unguiculata var. sesquipedalis(ヴィグナ アングイクラタ バラエティ セスキペダリス)のことです。変種名のsesquipedalisとは「sesqui」=1.5倍と「pedalis」=1フィートの合成語で、莢の長さが1.5フィートであることを表します。つまり45cm程度の長い豆果を付けるという意味です。この変種名は、きちんとした計測結果からの命名だと思います。
一方で「十六ササゲ」を別名で「三尺ササゲ」ともいうので、莢の長さをランダムに15莢を計りました。結果は、おおよそ40~50cm、最大60cmでした。このササゲは、三尺=90cmに達するものはありませんでした。さらに「十六ササゲ」の名前由来は、莢の中にできる種子が16個あるという意味なので、莢の中にある種子の数を15莢カウントしてみましたが、その平均は、13.2個でした。この二つの和名は、莢の長い様子を、何となく表現して命名されたように思います。種形容語のunguiculataは、爪を有するという意味があります。それは「十六ササゲ」の花によるものです。この植物の花は、きれいに整った2cm程度の蝶形花(ちょうけいか)で、薄いラベンダー色です。その花の竜骨弁(りゅうこつべん)の先端が爪のように尖(とが)っています。
話は変わりますが、家庭菜園で育てるトマトは、どうしてあんなにおいしいのでしょう。自分で育てたトマトを食べると、そのおいしさのとりこになります。私のトマト栽培は、先手必勝を旨とします。2月に種子をまき、トマト苗が小売店に並ぶ前の4月上旬には、大きなポットに定植します。トマトは夏野菜ですが、意外と暑さに弱いと思います。梅雨が明けるころには、青いトマトが赤くなるのを待つ勢いで作るのが、私の流儀です。
6月下旬には、もう鈴なりです。梅雨明けまでにどれだけ成長させ、実を付けるのかが重要です。気温が30℃以上の日が続くと、トマトは機嫌を損ね、思うように生育しません。
ここで、私流のズボラな野菜栽培を紹介します。あくまで一つの事例ですので、参考程度にしてください。トマトは下から収穫となるので、下葉を取り除くと、株元にスペースができます。このスペースに、ビニールポットで育てたササゲ「けごんの滝」の苗をポットのまま、トマトの鉢に置きます。上の写真をご覧ください。このとき、根がトマトの鉢に伸びるようにポットの底を取り除いておくのがポイントです。トマトの鉢に、そのままササゲの根が伸びて生育します。
トマトの収穫期が終わったからといって、猛暑の続く日に片付けなどの力仕事は、熱中症の危険があるので難しいです。そこで、トマトの鉢や残渣(ざんさ、残りかす)、支柱をそのまま利用してササゲを栽培するわけです。まったく適当な栽培ですが、狭いスペースしかない都会の家庭園芸では、こんな一石二鳥の栽培方法もあります。
トマトの茎や支柱にササゲのつるが絡んで、このようになります。さまざまな夏野菜がありますが、ササゲは別格で耐暑性があり、日本の猛烈な真夏にめげません。そして、こんな雑な扱いにも文句をいわずに、長い豆果がまるで湧いて出るように収穫できるのです。アフリカの子、強し!です。
「十六ササゲ」は、終盤にアブラムシが付いた程度で、深刻な病虫害は出ませんでした。また、乾燥にもめっぽう強いのもありがたいです。花は自家受粉するようで、暑い夏に次々と豆果を付けます。たくさん莢が付くので、取り忘れることもあります。すると莢が成熟して、このような種子を付けます。
この種子、栄養価が高く、ご飯と一緒に炊き込んでササゲ飯にするとお赤飯が出来上がり、香ばしくてとてもおいしくいただけます。「十六ササゲ」は、さまざまな夏野菜が暑過ぎて障害が出るような猛暑の中でも苦にしないので助かりました。来年の夏もまた作りたいと思っている、おすすめの野菜です。
ノアズキがアズキの仲間(ササゲ属)ではなかったように、ノササゲと呼ばれる植物もササゲ属ではありません。ノササゲDumasia truncata(デュマシア トゥンカータ)マメ科デュマシア属。日本の本州から九州、東アジアの山地林縁に生育しています。種形容語の truncataとは「切形(せっけい)」を意味しています。それは、この植物の葉がハサミで切り出したようなきれいな三角形をしていることに由来します。
ノササゲの生育地が原野ではなく、山林が切れる林の縁なので、ノササゲと言わずにキツネササゲと呼ぶこともあります。であれば、ササゲ属ではないものをササゲと呼ぶのはいかがなものでしょうか?食用とする蔬菜(そさい、野菜のこと)の名前に、食用としない植物の名が混在していることを忘れないでください。この植物は食用ではありません。
さて「ササゲ属 [後編]」で、今年の『東アジア植物記』を締めたいと思います。
今年も、お付き合いいただきありがとうございました。来年の東アジア植物記は「豆」シリーズの続きで、人類にとって重要な食料となっている「大豆(だいず)」の話から始めたいと思います。寒い冬、お体を「だ・い・ず(じ)」にして新年を迎えましょう。
それでは、よい年をお迎えください。