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世界球果図鑑[その43] マキ属[後編]

小杉 波留夫

こすぎ はるお

サカタのタネ花統括部において、虹色スミレ、よく咲くスミレ、サンパチェンスなどの市場開発を行い、変化する消費者ニーズに適合した花のビジネスを展開。2015年1月の定年退職後もアドバイザーとして勤務しながら、花とガーデニングの普及に努めている。
趣味は自宅でのガーデニングで、自ら交配したクリスマスローズやフォーチュンベゴニアなどを見学しに、シーズン中は多くの方がその庭へ足を運ぶほど。

世界球果図鑑[その43] マキ属[後編]

2023/04/18

イヌマキPodocarpus macrophyllusの中国名は羅漢松(らかんしょう)といいます。英語では、buddhist pine(仏教マツ)などと呼ばれます。それは、マキ科 [前編]で見たイヌマキの球果をもう一度見るとよく分かると思います。

中国語の羅漢松や英語の仏教マツという名前は、イヌマキの球果の形状から付けられたのでしょう。コケシみたいなこの実を、お釈迦(しゃか)様の弟子である、阿羅漢(あらかん)様たちに見立てての命名だと思います。Podocarpusという属名も、この球果の形態を意味しています。それは、podo(柄のある)+carpus(果実)の合成語です。

イヌマキの球果を観察すると、種子が木の上で発芽している株があることに気が付きました。これは、土の中でなく、樹上で果実の栄養を元に発芽して成長するので「胎生種子」といいます。胎生種子は、日本だとヒルギ科以外ではイヌマキしか知られていないと思います。

上の写真は、沖縄のマングローブ林で撮影したメヒルギKandelia obovate(カンデリア オボバテ)ヒルギ科メヒルギ属の胎生種子です。

イヌマキの胎生種子を採種しました。通常、温帯性の種子は、自分の生育に適する時期を考えて、すぐに発芽しない性質を持っています。秋に実った種子は、一定の期間の低温を経験してから発芽します。そして、生育に適した温度条件だと判断すると、水分と酸素供給で発芽に至ります。でもイヌマキは、株によって休眠をせずフライングをしてしまうのです。きっと、イヌマキは過去に、このような性質が生存に適した経験をしてきたのだと思います。

イヌマキには、いくつかの変種と品種があります。左上の写真は、ラカンマキpodocarpus macrophyllus var. makiという、節間が詰まった小さな葉を持つ変種。これは雄株です。初夏に咲いた雄花の跡がありました。右上の写真は、カクバマキPodocarpus macrophyllus ‘Tetragona‘という、葉全体が細長い四角になる品種です。そのほかに葉にきれいな白斑が入る品種もあります。ほとんど南半球に生育するイヌマキの仲間ですが、東アジアに生息する種をもう一つ紹介しておきます。

No.107 ヒマラヤマキPodocarpus neriifolius(ポドカルプス ネリイフォリウス)マキ科マキ属。この植物は、アジアや南太平洋の島々の亜熱帯、熱帯域の湿度の多い環境に生え、両半球にまたがって原生しています。中国では、長葉羅漢松と呼ばれています。

ヒマラヤマキの種形容語のneriifoliusは、キョウチクトウのような葉を付けることを意味しています。確かに、地中海沿岸域から南アジアにかけて広い原生域を持つ、キョウチクトウ(夾竹桃)Nerium oleander(ネリウム オレアンダー)キョウチクトウ科キョウチクトウ属にそっくりの葉形状です。

次は、南半球に生息するマキ科マキ属を一つだけ紹介します。

No.108 ポドカルプス ニバリスPodocarpus nivalisマキ科マキ属。種形容語のnivalisとは、氷雪帯に生ずるという意味で、雪の多いことを表します。この名前だけで、生育環境が想像できます。この種は、ニュージーランドの高山における、森林限界の上部に固有するマキ属です。

イヌマキ以外のマキ科では、ナギだけが日本に原生しています。

No.109 ナギNageia nagi(ナゲイア ナギ)マキ科ナギ属。ナギ属は、東アジアから東南アジアにかけての地域に少数が残存している希少木。属名のNageiaは、日本の梛(なぎ)を学名で表記したものです。ナギは、ナギ属の分布限界の北限種であり、本州の暖地、四国、九州および南西諸島に原生しています。

ナギについては『東アジア植物記』の 「梛の木(なぎのき)」において記述しましたので、詳細は省かせてもらいます。ナギの球果もイヌマキと同じ、少数の種鱗片(しゅりんぺん)が肉質となって、種子の表面を覆う套皮(とうひ)構造となっています。

直径1.5cmほどのナギの実です。マツ科やヒノキ科の球果とは形状が全く違いますが、ナギもまた、裸子植物の針葉樹で球果植物という位置付けです。この球果は、最初は白い粉を帯び緑色をしていますが、熟すと褐色になり、さらに紫色へと変化します。

最後に南米のマキ科を紹介しておきます。

No.110 サクサゴテア コンスピクアSaxegothaea conspicuaマキ科サクサゴテア属。チリ、アルゼンチンの南部、パタゴニアの山地に生息する、成長の遅い常緑樹で1属1種のマキ科植物です。属名は、イギリスのヴィクトリア女王の夫であった、Saxe Coburg Gotha(ザクセン・コーブルク・ゴータ)公に献名された名前であり、種形容語のconspicuaは、目立つという意味があります。南半球に遠く離れた分布域を持つマキ科植物のことは、この『東アジア植物記』には荷が重いので、この辺でマキ科植物に別れを告げて、次に移ります。

次回は「世界球果図鑑[その44] イチイ属」です。お楽しみに。

JADMA

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